第26話「幼馴染は、勝負において手加減しない」
「――朝のHRは以上です。そして、もうすぐ中間テスト一週間前になるので、テスト勉強は各自進めておいてくださいね」
HRの終了を知らせるチャイムが教室全体に響き渡る。
朝のHRを終えた担任の先生は教卓から離れて教室を出ていく。
それと同時に、沈黙が支配していた教室内の雰囲気が一気に晴れ晴れとした空気を生み、友達同士や前後左右の人とテストの話をし始める。
僕は机の中から1時間目に使う教材やらを取り出す。
すると、後ろの席からドスンと大きな物音が立てられる。その正体は、不本意ながら先日の席替えによって僕の後ろの席になった、藤崎透が机の上に倒れる音だった。
「……ど、どうした?」
僕はいきなり倒れ伏した透に戸惑いながら声をかける。
……とはいえ今の流れからして、大体想像はつくんだけどな。
「どうした、だって……? そんなの、お前に言わなくてもわかってんだろ。――定期試験だよこの野郎! 定期試験! はぁ、面倒だぁああ……」
「透、そんなに成績悪くないじゃない」
僕が言う前に、こいつの席の隣に座る――佐倉美穂さんが訊ねる。
彼女はこの無様に倒れ伏した透の幼馴染であり、同時にカノジョでもあるらしい。
「そりゃそうだけどさぁ……」
そう、こんな弱音を吐いている透だが、実のところ頭は良い。張り合えば僕の幼馴染にも引きを取らないぐらいだ。ただ、少し勉強には後ろ向きという難点があるだけで……。
「こんなに後ろ向きなのに、どうして私より頭いいのかしら。マジで嫉妬するわー」
「勉強は面白いからな。面白ければ前向きなんだよ」
「価値観低いなこいつ……」
「じゃあ何でそんな後ろ向きなのよ」
「だって――絶対1位になれる気しねぇもん! どっかの誰かさんがずーーっと1位維持してるせいで!」
「人のせいにするなよ、みっともない」
見事なまでの逆恨みだ。こんなにカッコ悪いこいつは久しぶりに見たな。
「それにずっとって言っても、僕だってその順位をキープしてたわけじゃない」
「嘘つけ! 中学の頃なんて、テストオール1位だったくせに!」
「えっ!? それ本当なの、凪宮君!!」
「何で佐倉さんまで……。……まぁ、うん」
「すっごぉぉ……!!」
「そうそう、こいつはマジもんの天才肌だからな。にしても、学年オール1位なんて目立つ要素の1つのはずなのに、なーんでお前は今までこうも目立たないのかね」
「ほっとけ」
常々疑問に思うことだろう。
その前提として透の言うことは尤もだ。
僕は中学生の頃――一度も順位を1位から下へ降格したことがない。それこそ透の言う通り、学年1位というのは少女漫画からラノベにかけて、さぞかし人気が高くモテる存在の王道と云えるだろう。
なら何故、僕は今でもクラス内で変わらずの“根暗ぼっち”を貫くことが出来るのか。
それは簡単――僕はクラスで目立たない存在だからだ。
クラスでは基本1人。
誰が話しかけてきても塩対応。
こんなことを続けていれば――誰にも迷惑をかけず、目立たずに静かで有意義な学園生活を送れるというわけだ。
最初の頃は誰彼構わずに声をかけられたりしたものだが、基本他人とはつるまないこの性格を察したのか、次第とその人数は減っていった。とはいえ、さすがに誰にでもそれが通用したわけではない。その原因が、一部の人間からのラブレターだったりする。
「ま、そんなに受けるのが嫌なら、テストのある日だけ休めばいいんじゃないか? その後、お前が追試になろうと単位不足になろうと僕は知らないが」
「酷すぎだろ!! 友達売った!! こいつ売りやがった!!」
「煩い……!」
「それにな。誰が受けないなんて言ったよ! 受けるのが面倒だなんて、学生なら誰でも言いそうな常套句じゃねぇか!」
うっわ……こいつ、本当に面倒くさい野郎だな……。
「何露骨に嫌そうな顔してんだっ!!」
「……受けるのだったら、私は絶対藤崎君には負けられないわね!」
「だから受けるってーの……。何一之瀬までこいつらと同じ反応してくるんだよ。それにしても、一之瀬がそんなやる気になってるなんて、随分珍しいじゃねぇか!」
「何言ってるの? 私は常に勝負事には本気よ?」
渚はさも当然と言ったように透に対し強気な反応を魅せる。
勝負事には常に真剣であることは、誰よりも僕が1番知っている。幼馴染だからというのもあるのだろうが、それ以上に彼女の『ライバル』だからでもあるからかもしれない。
すると、透がふと思い出しをしたかのように「あっ」と声を上げた。
「テストで思い出したけど、そういやお前らってまだテスト競争してんの?」
「当たり前じゃない。私が勝ったとしても、その倍以上勝ち越しされてるんだもの。勝ち逃げなんてさせると思う?」
「だとさ! どうするんだ、晴?」
「別に勝ち逃げなんてしねぇって……。どうせ勝っても続くことは目に見えてんだ。多分、未来永劫続くと思うぞ」
幼馴染であることをクラスメイトが知っているからだろうか。前より、こいつらを交えた渚との会話が少しずつ増えてきているように感じる。
しかし、所詮は幼馴染。ただの『昔馴染み』という関係でしかない。
ただの知り合い以上に変わってしまったとはいえ、僕達が長年張ってきた壁というのは中々壊すことに抵抗がある。
そのためか、渚もいつものような柔らかしい口調ではなく、普段クラスメイトと話すときのような大人びた口調をしている。……まぁ、簡単には変えられないよな。簡単に乗り越えられるなら、こんなにも苦労しない。
「ねぇ、そのテスト競争って何?」
ふと、佐倉さんが手を挙げてそんな質問をしてきた。
あっ、そうか。
佐倉さんと僕達3人が通っていた中学は別。当然僕達の間にだけ存在するこの競争のことなど知っているはずがない。
僕が説明しようとするが、その前に透が順を追って説明し始めた。
「テスト競争っていうのは、こいつらが小学生の頃からやってるテストの結果争いのことらしい。オレが知ってるのは中学からだが。確か勝った方が、敗者に何でも1つお願いが出来るんだっけか?」
「そうだな。ジュース奢るだとか、アイス奢るだとか。まぁ簡単なものばっかだが」
「……1回ぐらい、私も晴斗にお願いしてみたい!」
「えっ……渚ちゃんでもそんなに負けてるの?」
「中学の結果じゃ、晴のほぼほぼ全戦全勝。1回だけ同点があったから、それは無効になったけどな」
「す、スゴすぎ……」
佐倉さんが驚いた声を上げる。
テストの結果争いと言っても、別に何かしら重いものを賭けるわけではない。他であれば昼食を奢ったり、新刊を買ったりとか。ま、全部僕が渚に科したことなんだけどな。
「……晴斗! 今回こそ、絶対に勝つから!」
「……あぁ、そうだな。僕もお前にだけは負けるつもりないから覚悟しとけよ」
「~~~~~~っ!?」
すると渚は何故かぷいっと僕から視線を逸らした。
おい、というか何で後ろから見てもわかるぐらいに真っ赤になってるんだ……? もしかして、また何か変なことでも言ってしまったんだろうか。
……いや、そんな現状は置いておいていい。
問題とすべき箇所はそこじゃないのだ。
ここは学校、それも教室内。
今は家みたいに2人きりじゃない。何しろ僕達の真後ろには……――
「いや~。あれから益々イチャイチャ度が増してますな~?」
「頼むから、それ以上のイチャつきっぷりを教室ですんじゃねぇぞ~~?」
……手遅れだった。完全に煽られている気がする。
とりあえず、後で透だけは殴っておこう。
そんなこんなで話は盛り上がるものの、朝のHR明けの授業開始までの休み時間は短い。あっという間に時間は過ぎていき、本鈴のチャイムが教室に鳴り響く。
透は「やべっ!」と言いながら後ろのロッカーへ教科書を取りに行った。この班の中で全部置き勉してるの、多分透だけだよな。
僕は先生が教室に来るまでの間、机に頬杖をついて窓の外をじーっと眺める。
窓から見える景色はいい。
普段高いところから見るという習慣が無かったお陰か、1秒ずつ変化していく外の景色を眺めるのは些か気分がいいのだ。
すると、僕のスマホに通知が届く。
まさか……と思い、隣の席へとそっと視線を送ると、真隣の席となった渚の手にはスマホがしっかりと握り締められていた。
――やっぱお前か。
僕自身に『友達』と呼べる存在が少ないこともあって、スマホに届く通知が少ないのも事実ではあるのだが、最早この女以外から通知の可能性などないのではないか、と思い始めている僕である。
それにさっきの件もある。
必然的に僕にメッセージを送ったのは理解出来ていた。
僕は渋々、懐からスマホを取り出して届いた通知を確認する。
『さっきはあんな反応してごめんね。でも、晴斗に今度こそ勝ちたいのは本当だからね。手加減なんてしたら承知しないよ!――8:51』
メッセージはこの1件のみ。これ以上届く気配は無かった。
……そんなこと、言われなくたってわかってるっての。
お前が僕との勝負で手を抜かないのと同じように、僕はお前とテストの点数争いをしてからというもの、手加減なんてしたことがない――。
『当たり前だ――8:52』
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