紫音と良純、数十年越しの恋

<数十年越しの恋>


正直、<長すぎた春>とも言えなくはないだろうが、老化抑制技術の実用化で、肉体の成長をおおむね終えてからの老化は、個人差もありつつそれまでの半分以下の速度なためもあってか、<加齢に伴う焦り>のようなものも軽減され(若いうちはさらに老化が遅いため)、特に相思相愛の場合だと気持ちが長く維持される傾向にあると見られている。


そう。老化抑制技術が実用化される以前ではだいたい三十前後を一つの<転換点>として捉えて、諦めてしまったり妥協してしまったりということが多くあったとされるものの、何しろ実年齢六十歳辺りでようやく三十前後の肉体年齢となるためか、焦る必要がなくなってしまったのである。


しかもその頃ともなれば一般的には生活もまずまず安定しており、結婚に踏み切る者も多いというデータもあった。紫音しおん良純りょうじゅんの場合はそれよりも早かったのだが、互いに意識し始めてから数十年という時間は、それぞれ、自身の気持ちと向き合うには十分な時間だっただろう。無論、もっと早いうちに結婚する者もいる。


そして、精神年齢は肉体年齢に大きく影響を受けるという研究データもあって、実年齢については慮外とされるようになっていったというのもあった。


実際、良純の顔を見た紫音の姿は、それこそ十代の少女と変わらないそれであっただろう。一方の良純も、表向きは冷静を装っていてもうっすらと上気した肌、特に血流量が増えていることが一目瞭然な赤くなった耳を見れば、


<好きな女性を前にして冷静を装っている思春期男子>


以外の何ものでもない様子は見えてしまうため、二人の気持ちは傍目にも明らかだったに違いない。


むしろ紫音の母親の桃香などは、


「え~? さっさと結婚しちゃえばいいのに。でないと他のコに取られちゃうんじゃないの?」


的なことを何度も口にして、焚きつけていたりもした。が、特に良純の方が『自分は紫音を幸せにできるのだろうか?』という想いもあって、踏み切れずにいたというのもあったようだ。


とは言え、紫音の気持ちが変わらなかったことで良純もようやく観念し、プロポーズに至ったというのが経緯である。


ともあれ、初々しい<カップル>を前に、白百合2139-PB(仮)のボディにリンクした千堂アリシアも、


『いいな~……』


などと内心では思いつつも、


「お幸せそうで本当に羨ましいです」


素直に祝福することもできていた。この二人を妬むなど、<野暮の極み>とさえ思うのだ。


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