エドモント、優秀な医師である一方で家庭人としては

エドモントの屋敷を拠点としてアルビオンを巡った三日間の最後、千堂アリシアは、テレビに映ったアルビオンの現CEOの顔を見た瞬間に彼が明らかに不機嫌そうな表情になり、


「ジョアンナ! なんだその下品な口紅は! 公爵家には相応しくない!」


と、たまたま通りがかっただけの娘を怒鳴りつけるのを見た。


エドモントは、何か気に障ることがあるとこの調子で家族を怒鳴りつける。それでいて医師としては優秀であり、評判もいい。アルビオンで一~二を争う<名医>である。


しかし、名医であることと良い家庭人であることは必ずしも連動せず、娘二人からだけでなく、妻からも疎まれている面もある。


とは言えそれについても、千堂アリシアはとやかく口出しはしない。妻や娘が外で彼のことをどのように評しているのかも、ネットワークを通じると漏れ聞こえてきてしまうが、どうやらそれは娘だけでなく妻までもが発信しているものが基になっているようだが、だからといってエドモント本人にそれを告げることもしない。


あくまで彼の家庭の問題だからだ。


こうしてあまり良い締めではなかったものの、予定していた期間を終えて、


「ありがとうございました」


千堂アリシアは深々と頭を下げた後、ドロシーmk-6とのリンクを終了した。アルビオンでは、人との交流というよりも、あまり表に出せない人間の一面を垣間見る形になってしまった。


だがこれも、彼女にとっては<経験>である。人間というものがどのようなものであるかを知る手掛かりとなるような。


加えて、この世というものが、自身にとって都合のいいものだけで構築されているわけではないということも改めて教わった。


その上で、


『私にはこういう家庭は築けないでしょうね……』


そんな風にも思ってしまう。けれどそれは決して、エドモントの家庭を否定しているわけではない。ただ、


『自分には無理だ』


と感じてしまっただけで。


また、ハンナが、最後にリンクを切る時に、


「Long Good-bye」


とメッセージを送ってきたことも、


『あなたとはもう会うこともないでしょう』


という意味のものだと感じた。千堂アリシアにはエドモント邸のメイドは務まらないと判断されたのだとも思われる。


ある種の<皮肉>ということだろう。本音と建て前を使い分けるアルビオンの住人達に適した仕様である証拠とでも言うべきだろうか。


「人間って、本当にそれぞれですね……」


この日は千堂京一せんどうけいいちは休日であり、千堂邸に一緒にいたアリシアはしみじみと口にする。


「そうだな……」


気疲れしたかのような彼女の様子に、千堂も思わず苦笑いを浮かべたのだった。


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