明帆野の住人達、通夜を盛り上げる

こうして好羽このはの遺体が斎場に安置され、通夜の準備も整い、弔問に集まった者達はそれぞれ持ち寄った酒やツマミで勝手に酒宴を始めた。そして、間倉井まくらい医師にまつわる思い出話を語り合う。


「俺なんか、生まれてすぐにあんまり五月蠅いってんで、『静かにおし!』って頭はたかれたんだぜ!」


「いやいや俺なんか、小学校に上がっても寝小便が治らねえもんだから、『あんたのその粗末なもん、縫い付けてやったら治るかね』とか言われたんだぞ」


などと、普通に考えれば医師としてはあるまじきエピソードを口にしていた。


もっともそれらは、好羽このはの普段の言動の影響を受けて記憶が捏造されたか、誇張して話を盛っているだけである。


『生まれてすぐに頭をはたかれた』ことなど覚えているはずもないし、冗談でも夜尿症の相談に来た患者とその家族に『局部を縫い付けてしまおう』などと口にするはずがないというのは、間倉井まくらい医師の人となりを知る者であれば誰でも分かることだ。しかしだからこそ、


<酒の席での戯言>


として成立する。こんなこと、好羽このはの通夜の席でなければ、


『不謹慎も大概にしろ!!』


と、つまみ出されても文句は言えまい。好羽このはと住人達の信頼関係があればこその与太話だった。


そしてもしここに好羽このは自身がいれば、


「あんたら、いい加減におし! 人を何だと思ってんだい!!」


的に怒鳴りながら、けれど目は笑っていただろう。なればこそ、


「先生ぇ……先生よお……」


こらえきれずに泣き出す者もいた。そんな者に対して、


「バカヤロウ! 先生にどやされんぞ! 湿っぽくするんじゃねえ!」


などと諫める者もいるが、その目には涙が光っている。


それらの様子を、森厳とレティシアも、微笑みながらもどこか神妙な面持ちで見守っていた。


一方、明帆野あけぼので生まれ育ったわけではない、途中からの移住者である安吾や立志は、さすがにそのノリにはついていけなくて、弔問を終えたら早々に退散していたが。訓臣は美月を一人にはしておけないので、それこそ先に帰っていた。


けれど、安吾も立志も、他の弔問客から酒を勧められてほろ酔いの状態で、それぞれ自宅への道を歩いた。


空を見上げれば無数の星々。都会ではなかなか見られないものだが、ここに住んでいれば当たり前のそれを、間倉井まくらい医師を想い改めて見上げる。


『人は死ねば天国に行ける』


とか、


『星になる』


とか、そんな話は今さら信じてはいない。いないが、


『先生……どうか俺達を見守っていてください……』


という風には素直に思えたのだった。


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