すべての人間に平等に分け隔てなくもたらされる、結果

そんな風に、危うい感じではありつつ何とか間倉井まくらい診療所の運営は上手くいっていたが、その一方で、間倉井まくらい医師の意識は戻る様子はなかった。


と言うよりも、もうこの時点で、間倉井まくらい医師の脳そのものが急速に崩壊、萎縮し始めていたのだ。活動限界を迎え、機能が失われるように。


それはつまり、<脳死状態>に向かっているということである。すでに、脳の活動そのものが大きく低下していた。もしこの時点で意識が戻ったとしても、それはもう、以前の間倉井まくらい医師ではなくなってしまっていただろう。


朝倉病院側も回復のための処置を行うものの、そのどれも功を奏することはなかった。まるで、間倉井まくらい医師自身がそれを拒んでいるかのように。


「先生……」


血管を人工のものに置き換えるオペそのものは完璧に成功させた藤田医師が、集中治療室で人工呼吸器に繋がれた間倉井まくらい医師の姿を見詰めながら、悔しそうに眉を顰めていた。


けれどこれは、生きている以上はいつか訪れるものだ。遅いか早いかだけで、すべての人間に平等に分け隔てなくもたらされる結果である。


それを間倉井まくらい医師は受け入れたということか。


後は、完全に脳が機能を失ったと、<脳死>に至ったと判定されれば、治療は終了する。脳死の判定は、医師二名と、メーカーの異なるAI二台による、クアドラプルチェックによって行われる。AIは、メーカーごとにほんのわずかではあるが判定にブレがあり、それを補うために、このような形がとられるのだ。


今はまだかろうじて脳波が検出できるものの、それすらすでに<生きている人間のもの>とは言えないレベルだった。まだ生きている脳細胞が不規則に発するただのノイズのようなものだ。


そしてこれを受けて、間倉井まくらい診療所の後任となる医師の選定が始まった。間倉井まくらい医師としても、自身に残された時間が少ないことは承知していたので、数年前から準備は行っていたものである。


すると、律進慈りっしんじ医科大の院に研究職として残っていた若い医師が、新たに名乗りを上げてくれた。これで、他の候補と合わせて様々なヒアリングなども行い、最終的に間倉井まくらい医師の後任が決まることになる。


本当ならここで奇跡が起こることを願って、そして間倉井まくらい医師自身が回復してみせることが望まれているのかもしれないが、そういうことは滅多にないからこそ<奇跡>と呼ばれるのであって、奇跡をあてにした対処など、まっとうな人間がすることではない。本当に奇跡が起こった時にはすべてを白紙にすればいいだけである。


人間はいつか死ぬのだ。そして間倉井まくらい医師のそれは、きわめて順当なものであった。


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