辻堂夫妻、心機一転を図る

ニーナは、さらに語る。


「まあ、そんなこともありつつも交際を続けてて、彼も私も仕事をしてたんですけど、ある時、彼が、『もうだめだ。耐えられない……!』って言いだしたんです。てっきり仕事で嫌なことがあったのかと思ったら、『職場のメイトギアが本当にウザくて吐きそうなんだ』って……


正直、私には何のことかその時は理解できませんでした……」


彼女の言う安吾の様子は、実はすでに知られた<強迫性障害>の一種であった。人間からするとあくまで<異物>であるロボット、特にメイトギアに対する抗い難い嫌悪感や異物感が原因で日常生活にまで支障が出るというものだ。


メイトギアは人間そっくりに作られているからこそ、


『人間そっくりなのに人間じゃない』


という事実が許容できずに<心身症>という形で表面化する人間もごく稀にいるのである。


その意味では、千堂京一せんどうけいいち茅島秀青かやしましゅうせいはそこまでではなかった。特に秀青の場合は、メイトギアそのものに対する生理的嫌悪感ではなく、あくまで祖父や両親に対する反発がメイトギアに向かってしまっただけで、厳密にはまったく別の事例と言えるだろう。一方、館雀かんざく立志りっしはどちらかと言えば安吾の事例に近い。安吾よりは軽度であったようだが。


いずれにせよ、安吾の場合はそれこそ日常生活にまで支障が出始めたので、知人の紹介で知った明帆野あけぼのへの移住を決めたのだった。明帆野あけぼの自体が、安吾や立志のような<ロボットに適応できない人間>の受け皿としての役目も目指していたからだ。


そう。現に存在する、


<ロボットに適応できない人間>


にとって今の人間社会は必ずしも暮らしやすいものではなかっただろう。


だからと言って、<人類の夜明け戦線>のようなテロによる社会の強制的な変革を目指すのは、リスクが高すぎる。余計に犠牲者を増やすだけでしかない。あくまで穏当に<住み分け>を目指せばいいはずなのだ。


明帆野あけぼのは田舎ではあるものの、日常生活で困ることはそんなになかった。ちゃんと徒歩圏内に日用品が揃う商店もあるし、宅配も一日一回の頻度ではあるが届く。学校もあるし、水も電気も水道等のライフラインも完備されている。年に数回、専用のロボットを伴った業者がライフラインのメンテナンスにも来る。


今回、道路の不備はあったものの、これだってそこまで頻繁にあることじゃない。辻堂夫妻が移住を決意するにも、それほどハードルは高くなかった。


安吾自身、実は教員免許を持っていたことで、ちょうど新しい教員を探していた学校の教員としてすぐに仕事も決まり、新しい生活を始めたのだった。


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