間倉井医師、想いを語る

「ははは、歳は取りたくないもんだねえ…」


患者であるはずの出産を控えた妊婦<辻堂つじどうニーナ>に気遣われ、間倉井まくらい医師はシワだらけの顔で苦笑いを浮かべた。


彼女の実年齢は百二十歳。外見上は老化抑制技術が実用化される以前の八十歳くらいといった感じである。つまり、宿角すくすみ森厳しんげんもほぼ同じ年齢ということだ。


現在の健康寿命とされている百二十歳で、老化抑制技術が実用化される以前の約六十歳前くらいなので、健康寿命が過ぎる頃には老化抑制の効果が切れて自然に老化していくと言えるだろうか。ただし、間倉井まくらい医師や森厳らがかつて受けた老化抑制処置は今より若干効果が低く、その時点での健康寿命は百歳と言われていた。再度の処置を受けたもののやはり<若返り>までは果たせず、精々数年程度老化を遅らせるものでしかなかったが。


となれば、間倉井まくらい医師も森厳も、人生の最終盤とも言えるかもしれない。


もっとも、この年齢で現役で医師を続けているということは、その精神はまだまだ若いのだろう。


だからこそ思うに任せない今の自分の体が悔しいのだと思われる。


だが同時に彼女は、椅子に座りながら、ニーナの出産に備えた最後の検診の準備をツバキ2308-NSに任せながらも言う。


「私の名前はね、地球で間倉井まくらい産婦人科を開業したご先祖様にあやかって付けられたんだ。と言っても、そのご主人様自身は医者じゃなくて実業家だったけどね。金で医師を雇って、妊婦と赤ん坊が幸せになれる産婦人科病院を作りたいと、病院を立ち上げた。


それでいてご先祖様自身は生涯独身を貫いて、でも、才能はあるけど家庭環境に恵まれず十分な勉強ができなかった子供達を何人も養子にしたそうだよ。そして実際に、その子達の多くは医師をはじめとした立派な仕事をできる者に育っていったそうだ。私は、ご先祖様の養子の一人の子孫でね。祖母からご先祖様の話を散々聞かされて育った。


若い頃にはそれに反発した時期もあったけど、私は愛されてたからさ。あれこれ寄り道をしながらも結局は医師になって、今日まで八十年やってきた。医師になって割と早いうちにここにきて、師匠せんせいの下で働いて、今の診療所を立ち上げて、明帆野あけぼのをずっと見てきた。


ここは確かに不便な田舎だけど、人間として生きるには必要なものはちゃんと揃ってると思う。高望みをしなきゃ、過不足なく生きていけるんだよ……」


「先生、その話、もう十回目ですよ♡」


「おや、そうだったかねえ…?」


ニーナも、年相応の衰えも感じさせつつもとてもあたたかい間倉井まくらい医師のことは好きで、彼女の話にはちゃんと耳を傾けてくれるのだった。


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