千堂アリシアという個、その存在

観光客に交じって<大規模食品生産工場>を嫌悪の目で睨み付ける二人組を、警備のレイバーギアは見逃さなかった。


とは言え、何らかの具体的な行動に移すことがなければあくまで<要注意対象>として見守るだけではある。実際、その時に虫の居所が悪く不機嫌になっていただけという事例も少なくない。そういう事例に対してまで退去を求めたりしていては、当然、反発も招く。


しかも、万が一何か行動を起こそうとしても、ロボットは身を挺して人間の身体生命を守ろうとする。自身が壊れることに躊躇などしない。それは、ここ、<大規模食品生産工場>で運用されるロボットも同じだ。


すでに旧式化し市場価値も失われていると言っても、元の持ち主がデータを移し替えて初期化されていると言っても、ここで働いて得た情報については新たに蓄積され、バックアップも取られていく。それを、新しく配されたロボットが受け継いでいくのだ。だからボディが破壊されようとも、やはり人間のように『死ぬ』ことはない。死なない上に苦痛も感じないから、壊れることをためらったりはしない。


ロボットのボディはあくまでも<消耗品>。そこに搭載されたAIが蓄積していく<データ>こそが、


<ロボットの本体>


と考えれば分かりやすいだろうか。


死ねば、本人が蓄えた経験も知識も記憶も、そして人格も永遠に失われる人間とは違い、ロボットはそれをそのままの形で次のボディに引き継いでいくこともできるのである。


ならば、


『<消耗品であるボディ>を守るために人間を犠牲にする』


必要などまったくない。一瞬も躊躇することなく、人間を守るためにロボットは全力で稼働する。


このことを、


『人間とは全く別の、新たな<生命体>の誕生だ』


と唱える学者もいる。その説そのものはまだまだ受け入れられているとは言い難いものの、支持する者もいないわけじゃない。


ただ、その一方で、<千堂アリシア>については、この<新たな生命体>のカテゴリーからも外れてしまうという現実がある。何しろ彼女は、この世界で唯一無二の存在であり、たとえデータとして彼女が蓄えたものを移し替えることはできても、


<千堂アリシアという個>


は、再現されないのだから。


そういう意味では、彼女はやはりロボットよりも<人間>にずっと近い存在であると言えるだろう。


千堂アリシアが死ねば、もう、<千堂アリシアという個>は未来永劫、失われてしまうのだから。


それでも彼女は、今現在では、『心がある』とも、『人間である』とも、認められてはいない。


しかし彼女は、そんな自分が置かれている状況を悲しんでもいないのだった。


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