閑話休題

<桜井コデット>

桜井コデットは、小学四年生の女の子である。


ピンクのワンピースを好み、胸まで伸ばした黒髪を二つに分けそれぞれを肩の辺りでまとめるというのが、お気に入りの格好だった。


「コデットちゃん、そろそろ時間ですよ」


朝、母親に声を掛けられると、


「うにゅ~……」


と声を上げながらものそのそと起き上がり、


「おはよう♡」


笑顔の母親に、


「おはよう、ママ♡」


少し寝ぼけた様子で応えるのが最初の儀式だった。それから顔を洗って口をゆすいで、パジャマからお気に入りのピンクのワンピースに着替えるのだが、彼女用のクローゼットには、いくつもの<ピンクのワンピース>が並んでいた。そのうちの何着かは全く同じデザインと色なものの、それ以外は、デザインも違うし、色味もピンク系ではありつつ微妙に違っている。それらを、気分によって使い分けているのだ。


「今日はこれだ!」


完全にインスピレーションだけで選んだ一着に着替えてダイニングに行くと、テーブルには、白飯と味噌汁と焼き鮭が並んでいた。


「いただきます!」


「いただきます」


母親と一緒にテーブルに着いて手を合わせて、朝食が始まる。コデットは箸も上手に使い、ちょっと苦戦しつつも焼き鮭の身をほぐして綺麗に食べていく。


ちなみに父親は、仕事で朝が早いのですでに家を出た後なだけで、決して母子家庭ではない。ただ、研究職で本人の性格もあり、仕事が好きすぎて帰ってくるのはコデットが寝付いてからのため、まともに顔を合わすのは休日くらいだが。


それでも、そういう父親をちゃんと愛している母親がしっかりと敬っている姿を見て育ったコデットは、父親のことも好きだった。


母親の次ではあるが。


まあそれは父親自身も『さもありなん』と納得してることなので良しとして、


「ごちそうさまでした!」


「はい、おそまつさまでした」


食事を終えたら挨拶もして、歯磨きをして、ランドセルを背負って、


「いってきます!」


「はい、いってらっしゃい。気を付けてね♡」


「いってらっしゃいませ」


母親と<アリシア2121-HHS>に見送られて学校へと向かった。


この地域では、<集団登校>は実施されておらず、生徒はみな、思い思いの道を通って学校へと向かう。そんな子供達を、玄関前を掃除をしていたり、家の窓に寄りかかって眺めていたりという形で、地域の住人達と、住人達が個人所有するメイトギアがしっかりと見守っていた。だから、警察用のレイバーギアを何体も配備しておく必要がなかったのだ。


家々の隙間を通り抜けていくコデットを怒鳴りつけた高齢男性も、彼女が普通に通学路を通る分には怒鳴りつけたりもしない。


<ネコ公園の支配者>の女性も、ブツブツと小言で文句を言いつつネコの糞の掃除をしながら、横目で子供達が学校に向かう姿を見送っている。


決して子供の数は多くないが、だからこそ、住人達の多くは、子供達の顔を覚えていたりもするし、余所者がいればすぐに気付くのだろう。


そんな中、


「おはよう♡」


「おはよう、コデット」


「おはよう、コデットちゃん♡」


いつもの<友達>と合流したコデットが、楽し気に歩いていたのだった。


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