千堂アリシア、思い当たること

<この世>というものは、本当にままならないものだ。


千堂京一せんどうけいいちを愛している千堂アリシアは、<ロボット>として生を受けてしまった。この事実は決して変えられるものではなく、彼女は生涯、愛する千堂と同じ<人間>にはなれない。


もうこの事実だけでも、この世というものがいかに過酷なものであるかを物語っているだろう。


ゆえに、


『すべてが自分の思い通りになる』


などということは有り得ないのだ。


その事実を認めず、道理を捻じ曲げてまで自身の欲求や感情を優先しようとするから、<事件>を起こすことになるのだ。


自身の性的な欲求を果たすことだけを優先して相手の気持ちを蔑ろし強引に関係を迫れば<レイプ>となり、


自身が金銭を得たいという欲求を果たすことだけを優先しそれを得る手段を選ばないとなれば、<窃盗>や<強盗>や<脅迫>や<詐欺>といった不法な手段を取ることになり、


『絶対に許せない』と憤る自身の感情を優先し、やはり手段を選ばないとなれば、<暴行>や<殺人>といった手段を用いることにもなる。


いずれも、


『この世は自分の思い通りにはならない』


という当たり前を当たり前のこととして受け止められていれば、法を犯してまで実行することがどれほど身勝手で不埒で幼稚な行いであるかが分かるはずだろう。


自分の思い通りにならないという事実を理解し、他者を傷付け尊厳を蔑ろにしなければ実現できないようなことは、自らも人間としてこの世で生きていく上において望ましいことでないと分かるはずだ。


それは結局、自身がこの世で生きていくことを他者に拒絶されるという事態を招くのだから。


アリシアには、思い当たることが多すぎた。


千堂の命を奪おうとしたからこそ、アリシアが容赦なく生命活動を終わらせてきたゲリラ達。


<クイーン・オブ・マーズ号事件>で多くの乗客の命を蔑ろにしたことにより、自身が本来持つ<権利>を制限されたテロリスト達。


死亡した者は元より、死ななかった者達も、それぞれ、恩赦の対象外となる懲役数百年の刑に処され二度と社会に戻れなくなって、悔恨の日々を過ごしているという。


ただ、唯一、主犯であり首謀者であるとされる<火星史上最凶最悪のテロリスト>と称される<クグリ>だけは、自身の行いに何の躊躇も後悔も持っていなかったようだが。


そして……


一時ひとときとはいえ、アリシアと交流した、


<タラントゥリバヤ・マナロフ>


事件の幕が引かれようとしていたその時、頑なに投降を拒否し、手榴弾によって自らの命を絶った彼女は、親族にすら遺体の引き取りを拒まれ、無縁仏として墓地に埋葬され、しかもその墓は、落書きや破壊工作によって見るも無残な有様になっているという。


『この世は自分の思い通りにはならない』という事実を受け入れなかったことが、それを招いたのである。


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