千堂アリシア、気持ちを落ち着かせるように努める

<もてぎ荘>の大家であり、服飾店<ふぁっしおん・もてぎ>の店主でもある女性が抱える事情の一端を知り、千堂京一せんどうけいいちは、


『ここで無理をしてもさらに感情を高ぶらせることになるだけだろうな……』


と考え、冷却期間を置くことを想定していた。


が、刑事達としては、実は他の事件との兼ね合いもあり、あまり時間を掛けていられない事情もあった。


今回の件は、あくまで逃亡犯の足取りを追うだけのものだったという事情も影響し、彼らは<専従班>の刑事ではなく、他の事件の捜査との兼任だったのだ。ゆえに、今回の件にばかりかまけてもいられない。


<聞き込み>などについてはロボットを使えばいいだろうと思うかもしれないが、ロボットはあくまで人間のサポートや、証言の記録、暴漢に襲われたなどの際に守ることのみが役目であって、<捜査>そのものを行うことは認められていない。


これは、ロボットに対して強い不信感を抱く層に対する配慮でもある。


『そんな奴らの言うことなんて聞く必要はないだろ!』


と言う者もいるかもしれないが、そういう声を上げる者も、自分が捜査される対象になった途端に、


『ロボットが調べたこととか信用できるか!』


などと言い出す事例は、数限りなくあったのだ。


『自分だけが優遇されたい』


と考えてしまいがちなのも、<人間という種>の特徴である。


なので、可能な限りまんべんなく配慮が必要になるのだと言える。


だとすれば、<もてぎ荘>の大家の女性に対しても配慮するのは当然だろう。


『そうなりますよね……』


アリシアもそんな風に考えていた。せっかくの彼の休日をそれこそ無駄にされるのは業腹でも、だからといって自分のそういう思いばかりが優先されることがないのも<この世>というものだ。あの大家の女性も、息子の事件について、自身の思うようにならず、苦しんできたはずだ。その上また、ここで追い詰めても、好ましい方向に行くとは思えない。


それに比べて、千堂の休日はこれからもある。一緒に過ごす時間だってこれからも確保できる。そのうちの一日二日が駄目になっても、そんなに大きな問題でもない。命に係わるわけでもない。


『大丈夫。千堂様だってそう考えてる』


アリシアは自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着かせるように努めた。


ままならぬ<この世>というものを生きていくには、『とにかく自分の思い通りになってほしい』と考えてしまいがちな自分自身といかに折り合うかが求められる。


それができない者が、時に<事件>を起こすのだ。


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