由紀子、デモンストレーションを行う

実を言えば、アリシアは店に入った時にはもうすでにアリシア2305-HHSの存在には気付いていた。ロボットなので人間のように声を掛けて挨拶する必要がなく、通信によってすでに挨拶を済ませていたのだ。


それでも、


「いらっしゃいませ」


「こんにちは」


発声による言葉でも挨拶をする。こちらは、人間の目にも分かりやすいようにという配慮から来るデモンストレーションであり、ロボットにとっても必ずしも無意味ではない。


由紀子ゆきね>と呼ばれたアリシア2305-HHSは、店員の女性が口にしたように既に旧式化したメイトギアではあるが、現時点ではまだ規格がサポートされており、あまり高度であったり過酷な使い方をするのでもない限り、日常的な運用の範囲であれば、人間と同等以上の働きをしてくれる。


ちなみに千堂アリシアの主人である千堂京一せんどうけいいちがあえてアリシア2305-HHSを自宅で運用しているのは彼が元々あまりそこまで拘りを持たない人物であることに加え、旧式化したアリシア2305-HHSがどの程度日常的な運用に耐えられるかを検証するという意味もある。


とはいえ、規格は随時新しく更新されていっており、いずれアリシア2305-HHSでは対応できなくなっていくのは分かっている。


これはJAPAN-2ジャパンセカンドだけの問題ではなく、地球も含めた市場全体の流れによるものなのでやむを得ない面はあるかもしれない。


この<牛だるま>において<由紀子ゆきね>と名付けられ運用されているアリシア2305-HHSについても、いずれは実用的な限界を迎えて買い換えられることにはなるだろうが、その際にはデータが新しい機体に引き継がれて、また<由紀子ゆきね>として(名前については変えられたりすることはあるとしても)、共に過ごすことにもなるだろう。


それこそがロボットの強みである。


ボディの側が新しい規格に対応できなくなり使い物にならなくなろうとも、データを引き継いでいけば経験が蓄積され、より主人に適した緻密な対応ができるようになっていく。


この部分についてはユニバーサル規格になっており、異なるメーカーの異なる機種間でもデータの引き継ぎはできるので、中には、


『現在<メイトギア>と呼ばれているホームヘルパーを目的としたロボットがまだおよそ人間を思わせる形をしていなかった頃』


のデータを引き継いでいるメイトギアさえあると言われている。


実に数百年分のデータということだ。


これは大変なことである。


が、目の前にいる<由紀子ゆきね>についてはさすがにそこまでではないが。


すると店員の女性が、


由紀子ゆきねはな、あたしが子供の頃から、ってか、この店を始める前から家にいるんだぜ」


どこか自慢げにそう話す。


それはおそらく、客との世間話にも日常的に利用されている話題ネタなのだろう。


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