店主、察する

その男性は、<フラワーショップHATA>の店主であり、この店舗兼住宅の主人でもあった。


「あ……」


男性を見た瞬間、アリシアの記憶が蘇る。そして、姿勢を正し、深々と頭を下げて、


「奥様にはいつもお世話になっております。メイトギア課の千堂です」


丁寧に挨拶した。


「え…? あ、はい。メイトギア課の方でしたか。こちらこそ、妻がいつもお世話になってます」


男性も深々と頭を下げた。


「探偵さん、おじさん知ってるの?」


二人の様子に、コデットが驚いたように問い掛けた。


「あ、はい。私の職場の同僚の旦那さんでした」


アリシアが応えると、コデットは、


「え? おばさんも探偵さんだったの?」


今度は男性に問い掛けた。


「はい…? 探偵……?」


さすがにこれには男性も呆気に取られてしまう。


なのでアリシアが慌てて、


「あ、いえ、この方の奥様が私のもう一つの職場の仲間で……!」


取り繕う。それを聞いたコデットは、ポンと手を叩いて、


「そっか! 潜入捜査!」


アニメで出てきた単語を思い出し、口にした。


このやり取りに、男性の方も、


『なるほど、<探偵ごっこ>か』


と察してくれて、


「そうだよ。だからこれは秘密なんだ。内緒にしておいてね」


人差し指を口元に当てつつ体を屈ませ、コデットに告げた。すると、


「分かった! 秘密にしとく…!」


自分の口を両手で押さえながら目を大きく見開く。


そんなコデットの様子が可愛くて、アリシアも男性も頬が緩んでしまった。


なお、男性の妻は実際にメイトギア課に務めていて、以前、<新年会>に参加していた妻を迎えに来た時に、アリシアも顔を合わせていた。この際、妻から、アリシアのことは、


『新型のメイトギア開発のテストベッドなの』


と紹介を受けていたので、普通のアリシアシリーズとは若干異なることも知っていたため、他にもいろいろ察してくれたようだ。


「それで、今日はなんのご用かな?」


男性が改めて問い掛けると、コデットはハッとなって、


「そうだ! ナニーニ! ナニーニ見なかった?」


ようやく、本来の用件を口にすることができた。


すると男性も、


「ナニーニ? ナニーニなら昨日、<牛だるま>でご飯もらってたのを見たよ」


と返す。


先ほどの高齢女性の話だと、この店主、<はた>がナニーニに餌をあげていたと受け取れる言い方だったが、正しくは、


『餌をあげているところを見た』


ということだったようだ。


人間の記憶というのは時に曖昧で、また、話を聞いた時の受け取り方で認識にズレが生じることがある。


『だから<裏付け>は確実に取らないといけないんですね』


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