勇者アリシア、スローライフを楽しみたい

正直、アリシアも<スローライフ>を楽しみたかった。


戦いは好きじゃない。必要とあれば躊躇わないものの、本当はしたくない。


とは言え、VRアトラクションの中での<戦い>は、誰かが死ぬわけでも傷付くわけでもないので、まだマシではある。


もちろん、先刻の<魔獣>のように倒されれば死んだように見えるものの、また最初からプレイすれば再び現れるわけで、死んではいない。


実際に死んだ者とは、そのように再会することはできない。アリシアはそれをよく知っている。


たくさんの<死>を実際に目にしてきたから。


そしてアリシア自身はロボットではあるものの、彼女自身も、<死>を手に入れてしまった。今の彼女が維持できなくなれば、彼女はもう二度と再現されない。それはある意味では<死>ともいえるだろう。


『失われれば決して会えなくなる』


という意味では。


さりとて、今回はアリシア2234-HHCを介してのことなので、<万が一>ということもない。


アリシア2234-HHCとしては<ORE-TUEEE!>とのリンクは解除できないものの、<千堂アリシア(アリシア2234-LMN-UNIQUE000)>としては影響もない。


実際、<千堂アリシア(アリシア2234-LMN-UNIQUE000)>の方は、今も、自身がロボットであることを最大限に活かして、アリシア2234-HHCを介して<ORE-TUEEE!>をプレイしつつ、メイトギア課での仕事もこなしている。


アリシアの主人である千堂京一せんどうけいいちの慎重さが彼女を救ったと言える。




などということもありながら、アリシアはナニーニと共に馬車に揺られ、ボーマの街を目指す。


とは言え、ボーマの街へは馬車で二日の距離。一日目も日が暮れ、夜間の移動は危険だということで、<カンダリ>という村で宿を取ることになった。


カンダリはボーマの街への主要な街道沿いにあり、決して大きな村ではないものの宿は充実していた。


けれど、到着する直前、


「びひひひひひ~ん!」


突然の馬のいななきと共に、牽いていた馬車が急停車。アリシアはこの先の展開を知っているので対処できたものの、ナニーニはそのままつんのめる。


それを、アリシアは転倒しないように支えた。


さすがのバランス感覚。


アリシアに抱き留められたナニーニの頬がパアッと火照る。


が、それを誤魔化そうとするかのようにナニーニが御者の方へと移動して、


「どうしたんですか!?」


問い掛ける。すると御者が、


「す、すんませんお客さん! あいつが急に飛び出してきて……!」


ナニーニに応えながら向けた視線の先には、道路に倒れた子供の姿があったのだった。


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