千堂アリシア、次の仕事に移る

『<心>を持っていることを、むしろ誇りに思うよ』


千堂京一せんどうけいいちのその言葉に、アリシアは、自分が救われるのを感じていた。


確かにその通りだ。アリシアにとっても、心を持っているからこそ人間は素晴らしいと感じる。


『<心>というものを持っている人間という存在が素晴らしい』


のと同時に、


『アリシア自身が<心>を持っているから人間を素晴らしいと感じることができる』


のが何よりも素晴らしかった。


「千堂様、抱き締めてもらってもいいですか…?」


甘えるようにそう言うアリシアに、千堂は躊躇うことなく、


「いいよ。おいで」


と手を差し伸べてくれた。それに甘えて、アリシアは彼の隣に座り、彼はそんなアリシアをそっと抱き締めてくれる。


彼がこんな風にしてくれるのも、彼が<心>を持っているからだ。


もちろん、メイトギアも主人がそれを望めば抱き締めもする。ただし、それはあくまで指示に従っているだけで、メイトギア自身がそれで満たされたたり救われたりするわけじゃない。


そう、この時、アリシアを抱き締める千堂自身が、それによって満たされるものを感じていたのだ。


彼にとっても、娘のようなアリシアが自身の下で幸せを感じてくれるならそれが何よりだった。


いや、『娘のような』ではないか。千堂自身が彼女をこの世に送り出したのだ。彼のしたことが、ただのロボットだった彼女を<千堂アリシア>にした。だから彼にとっては間違いなく、


<娘>


なのだ。


だから自分の勝手でこの世に送り出してしまった彼女の幸せを願うのは、息をするのと同じく千堂京一にとっては当たり前のことだった。


その<娘>が抱き締めてほしいと願うなら、抱き締めてやりたい。


何一つ不自然でもなければ躊躇うことでもないのだ。


そんな彼が、千堂アリシアを育てていく。彼から『人間とは?』ということを学んでいく。


エリナ・バーンズを気遣うのも、千堂に育てられている彼女にとっては当たり前のことでしかない。


彼女の手本である彼がそうだから。


そうして、エリナのことは気に掛けつつも、アリシアは自身の仕事を果たすべく出勤する。


「おはようございます」


挨拶する彼女に、メイトギア課の職員達も当たり前のこととして、


「おはようございます」


と返してくれる。


それが嬉しい。


そして今日は、第三ラボで現在開発中の特別仕様のメイトギア、


魔鱗マリン2341-DSE(ダンススイミング・エキスパート)>


の開発の応援に行くことになった。


魔鱗マリン2341-DSE(ダンススイミング・エキスパート)>は、水中でダンスを披露するというショーで、人間のダンサーではどうしても再現不可能とされている、


『十五分間息継ぎなしで<人魚の魔女>が人間の戦士達を退け続ける』


という演出のためにオーダーされたメイトギアだった。


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