千堂一行、豪華客船に乗る

「な~んてね。嘘よ。冗談。ただの作り話。本当だと思った? ごめん。びっくりさせちゃったね」


何とも言えない表情で自分を見ていたアリシアに対し、タラントゥリバヤは突然そう言って笑った。先程の笑みとは全く異なる、底抜けに明るい陽気な笑み。それにアリシアもホッとした表情になった。


『良かった、嘘だったんだ』


そう胸を撫で下ろす。人間は時折、こうやって冗談を言うものだということは、アリシアも知っていた。それにしては少々、迫真の表情もありアリシアでさえ完全に騙されるような悪趣味な冗談だとは思ったが、決して責めようとは思わなかった。


「タラントゥリバヤさん、怖いですよ」


自分の胸を軽く抑えつつ、怖がっていたということを伝えようとするような仕草でアリシアが言うと、タラントゥリバヤがアリシアの肩をバンバンと力強く叩きながら「ごめんごめん」と謝る。そして、まるでキスでも迫るようにぐいっと顔を寄せて、


「あなたがあんまりにも可愛かったからちょっと意地悪したくなっちゃった」


と、今度はニヤリという悪い笑みを浮かべながら言ったのだった。唇を奪われそうなその近さに、アリシアは上体を逸らし何とか距離を取ろうとする。


その一方、話してる内容までは殆ど聞こえなかったが、二人の様子を見ていた千堂は、敢えて表情を作らないようにしていた。それでいて、極力、目は離さないようにしていた。タラントゥリバヤに対する微かな懸念が、今も消えていないからだ。しかし、こうして見る限りでは、特に問題があるとは思えないというのも事実だった。話の内容が聞こえていればまた少し印象も変わっていたかも知れないが、場合によってはアリシアが記憶した音声データなり画像データなりをチェックすれば済むことだと考えこの時はそれほど重視していなかった。


また、アリシアがタラントゥリバヤと別れ自分のところに戻ってきた時には、すごく晴れ晴れとした表情になっていたことで、千堂も安堵していた。昨日あたりから少し様子がおかしいと思っていたが、どうやら問題は解決したようだ。やはり自分以外の人間との交流を持つことも重要だなと改めて感じた。


だが、この時、ホテルのロビーから出て行くタラントゥリバヤの表情がひどく陰鬱なものであったことには、気付くことがなかったのであった。




「いやあ、これでようやく、殆どのスケジュールが終えられましたね」


予め予定されていた全ての会合を終えてホテルに戻った時、廣芝ひろしばがそう声を上げた。思えば彼も、この出張中に随分と逞しく成長したように見える。それでいて、ふと気を抜くとやはりあどけない部分も垣間見えるのだった。


その廣芝が言った通り、予定されていた業務としての会合はこれで終了だが、最後に、休暇も兼ねて、アフリカ内海を船によるクルーズで渡り、ニューヨハネスブルグに戻るというイベントが残っていた。廣芝達にとっては二泊三日の休暇のようなものだが、このクルーズには政界財界の有力者達も参加するので、千堂にとってはこれもまだ仕事の内とも言える。ここでまたパイプを築いたりする機会もある筈だからだ。


とは言え、そういうものは千堂にとってはもう慣れたものなので、彼も船旅を楽しもうとは思っていた。ただ、ロボットであるアリシアにとっては船旅というのは必ずしも楽しいものではないかも知れないが。


今回、乗船することになる船は、GLAN-AFRICAグランアフリカでも一、二を誇る豪華客船である為、当然のようにロボットを連れている客も多いことからそれ用の設備も充実している。下手なホテルよりはよほどしっかりしたメンテナンスルームも、千堂達が泊まる部屋には完備されていた。だからその点で心配はないのだが、それでもやはり海は好きにはなれなかった。


さりとて千堂と離れるのも嫌だ。だったらまだ我慢出来ると、アリシアは思った。


「さあ、それではそろそろ行こうか」


やはり引率の教師のように、アレキサンドロが千堂達に声を掛けた。彼が手配したリムジンで、港へと向かう。その途中の車内は、さすがにリラックスしたムードだった。そこで廣芝が、彼女の為にと買ったアクセサリーの包みを愛おしそうに眺めているのを見て、アリシアが話し掛けた。


「喜んでいただけるといいですね」


廣芝は少し頬を染めながら、アリシアに頭を下げた。


「アリシアさんのおかげでいいお土産が出来ました。きっと彼女も喜ぶと思います」


その時の廣芝の笑顔に、アリシアも、自分が満たされるような気持ちになった。やはりこうして人間が幸せそうにしているのを見るのが自分の幸せなのだと思った。


港に着くと、そこには、全長三百五十メートル、全幅七十メートル、高さ七十メートル、総トン数二十三万トンの巨大なクルーズ船の姿が見えた。それはまるで一つの街そのものが海に浮かんでいるようなものだ。海が少ない火星では、この規模のクルーズ船は数隻しかない。しかも、それぞれの海が繋がっていない為、運用出来る範囲が限られていて、非常に贅沢なものでもあった。決して気楽に利用出来るものではない。


それを知っているだけに廣芝などは、


「もう一生、乗ることはないかも知れませんね」


と溜息を吐いてしまう。それに対してアリシアは、


「頑張って彼女を誘ってあげてください。きっと喜びますよ」


と笑顔を向けた。


そんな彼も、アリシアにとっては、特に大切な人間の一人になっていた。自分にも弟というものがもしいるなら、こういう感じかもしれないと思った。それと同時に、アリシアはたくさんのロボット達とデータ通信を行っていた。さすがに乗船する客層も限られるだけあって、ロボットを連れていない客を探す方が難しかった。その中には、数機のアリシア2234もいた。さすがに同じLMNはいなかったが、つい最近になって追加されたMMNがいた。しかも自分と同じHHC(ホームヘルパー・キューティ)の外見を持つ機体であった。


他にも、アリシア2234の前の要人警護仕様である、アリシア2121が数機確認出来た。こちらはさすがに販売期間が長い分、結構な数が今も現存している。それでも三分の一以上が失われているのだが。他のアリシアシリーズは標準仕様のものだった。


そして一番多くいたのが、ブランドン社の<フィーナシリーズ>だった。さすがに地元メーカーというのもあるが、メイトギアのシェアでは火星でも常にトップ3に位置する大手でもある。その点で言えばアリシアシリーズはトップ5に入るのだが、要人警護仕様に限って言えば、ブランドン社を含む上位三社が寡占状態であった。これは戦争中の軍用ロボットの採用状況の流れをくむものでもあり、そんな状況でもアリシアシリーズは徐々にシェアを拡大しつつある為、十分に健闘しているとも言えるだろう。


ちなみに、アレキサンドロが連れているフローリアM9は、シェアで言えば20位にも入っていない。製造しているA&Tカイゼル社自体が後発メーカーであり、しかも基本コンポーネントをJAPAN-2ジャパンセカンド社からの供給に頼っている為、まだトップメーカーの仲間入りを果たしていないという背景がある。


「さすがにフィーナシリーズが多いですね」


廣芝も、右を見ても左を見てもフィーナシリーズという状態に、ついそう声に漏らしてしまっていた。しかし、確かに多い。特に多かったのがフィーナQ2という一つ前の機種だったが、空港でも見た最新型のフィーナQ3も多く、販売の順調さを感じさせた。


ただ、この場にフィーナQ3が多いのは、単に人気というだけではない理由もある。フィーナQ3の要人警護仕様は、最強の戦闘用メイトギアとも評されていたのである。事実、この場にいたものの半数が要人警護仕様だった。VIPが数多く集まるこの場所では、当然のことだとも言える。


以前のパーティーの時には千堂が選んでくれたドレスのおかげで大きな存在感を発揮したアリシアではあったが、さすがに今日はそうはいかなかった。


こうして、千堂達を乗せた豪華客船<クイーン・オブ・マーズ>は、優雅な海の旅へと滑り出したのであった。


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