アリシア、ドレスアップする

千堂ら一行がニューカイロに到着すると、そこもやはり物々しい警備だった。こちらはニューカイロに本社を置くロボットメーカーであるブランドン社のレイバーギア<プロトンR9>という、こちらも軍でも使われている機種が警備にあたってたのだ。以前はその廉価版である<プロトンR5>が使われていたのだが。案内用のメイトギアも<バネッサNN>から、やはり要人警護仕様もラインナップに備えるブランドン社の<フィーナQ3>へと変更されていた。


このあたりはニューヨハネスブルグと同じような体制ということなのだろう。ただ、ニューカイロでは<人類の夜明け戦線>による事件はこれまでのところ起こっておらず、あくまで予防的に備えようということではあるらしいが。


今日はこれから、ニューカイロでも大きな影響力を持つ政界の大物が主催する立食パーティーへの参加が予定されている。パーティーと言ってもその実態は各方面の有力者達との会合であり、千堂にとっては間違いなく重要な仕事であった。


今回は、廣芝達は別室で待機ということになる。しかし、本当にただ待ってる訳ではない。彼らには彼らなりの裏方としての仕事がある。政治家や企業の役員達の秘書などと接触、情報収集を行うという重要な仕事が。


そして、普段は無駄に着飾ることのないアリシアも、今日ばかりは社交界の中に立ち入ることになるので、ロボットにもそれなりのドレスコードが求められ、その為の下準備としてアレキサンドロ行きつけのブランドショップへと、千堂に連れられてやってきたのだった。


そこはいかにも華々しいジュエリーやドレスが並び、その中にはメイトギア用のジュエリーやドレスまである。


その中に自然な感じで足を踏み入れるアレキサンドロと彼のフローリアM9はさすがに慣れているし上客である為、専属のスタッフがすかさず現れエスコートした。アレキサンドロとフローリアM9の立ち振る舞いも堂に入ったものだ。


しかしアリシアは、少しオドオドとした様子になっていた。ロボットなのだから気にせず堂々としていればいいにも拘わらず、やはりそこは<心>を持ってしまったが故に、普段慣れないところに来たことで気後れしているらしい。


アレキサンドロの連れということでスタッフもついてくれてはいるが、その表情はどこか値踏みするようなものにも見えた。


「千堂様…私がこんなところにいていいんでしょうか…?」


不安そうに耳打ちする彼女に、千堂は思わず頬が緩んでしまった。まるで、これから社交デビューする娘が父親に連れられて初めて本格的なブランドショップを訪れたような様子に感じられたからだ。


「何も心配要らない。私に任せておけばいい。お前は堂々としていれば問題ない」


彼にそう言われて少し落ち着けたアリシアは、フローリアM9を見習い千堂に付き従う。


メイトギアはあくまでメイド的な立場の為、人間の女性ほども自らをアピールするような着飾り方をすることはない。しかし同時に、本当に給仕役をする訳でもない為、それと間違われないようにしつつ、着飾った人間達の中で浮いてしまわないような装いをする必要があった。


アレキサンドロとフローリアM9はさっそく、スタッフが提案するコーディネートの検討に入ったようだ。次々と合わされていくドレスやアクセサリーを、アレキサンドロが楽しそうな中にも真剣さを含んだ表情で見比べていた。


メイトギア用のドレスは、本体のエプロンドレスを模したそのシルエットの上からさらに纏うものが多く、どうしてもデザインなどは絞られてくるが、それでも標準状態の姿からすれば華やかな印象にはなる。加えて、スカート部分を外せばもっと自由度は増すものの、それだと今度は人間との区別がつきにくくなるので、一目でメイトギアだと分かるシルエットも同時に求められていたりもする。


また、ロボットとして人間の女性を引き立てなければいけない為に控えめでいながらもセンス良くまとめることも求められる。この辺りはもう、アリシアはそれこそ着せ替え人形のようになすがままになるしかない。店のスタッフと千堂のセンス頼みなのだ。


自分で選ぶ訳ではないので鏡を見る意味はないのだが、人間と同じように一応は鏡の前に立ち、ドレスが合わされていく。鏡の中に映るその自分の姿に、アリシアは何だか恥ずかしくなっていた。普段の自分とは全く違う自分の姿が次々と映し出され、まるで自分が本当に人間になってしまったかのような錯覚を覚えてしまう。もし、アリシアに顔が赤くなる機能でもあれば、それこそ耳まで真っ赤になっていただろう。


フローリアM9の方は、もう既に決まったようだ。慣れている分、ここに来る前に既に大まかな部分を決めていたものと思われる。その辺りはさすがと言えた。その一方で千堂は、やはり彼の趣味嗜好とは若干外れている為か、かなり慎重だった。その様子を、アレキサンドロが興味深そうに見ていた。千堂がどういうコーディネートをするか、楽しみにしているのだろう。


アリシアは、正直、いたたまれない気持ちになっていた。自分の為に千堂が頭を悩ましていることが申し訳なくて仕方なかったのだ。


だが千堂は妥協はしなかった。どうしても彼のイメージに合うものが無かったらしく、残念そうに首を振った。


「すまないが、他の店も見て回りたい」


日本人的にはどうしてもここで、変に店やアレキサンドロに遠慮してしまって妥協してしまいがちになるところかもしれないが、千堂はそうではなかった。時間はまだ十分あるのだから、納得のいくものを選びたいと思った。


最初の店を出て、千堂はぐるりとその通りに並んだショップを見渡す。そして一軒の店に目を止めた。それは決して華美な印象ではなく、他の華々しい作りの店から比べると控えめと言っていい感じの店だった。千堂の視線を追っていたアリシアはそれを見た瞬間、ハッと思った。千堂がくれたピアスを買ったあのジュエリーショップにも通じる雰囲気を持った店だったからだ。


その店に入った途端、アリシアは、さっきの店では決して感じなかった落ち着きを感じた。先ほどまではどうしても自分が歓迎されていないような感じを受けてしまっていたのだ。決して馬鹿にされているとか軽んじられているとかではないのだが、何かが違うと思えて仕方なかったのである。


だがこの店には、それが無かった。むしろこの店でないと駄目な気さえした。この店のスタッフは、さっきの店のスタッフのように前へ前へと押してくることはなかった。必要以上に口を挟まず、ドレスを選ぶ千堂の視界に入らず、彼が声を掛けてくることをただ待った。


正直、アレキサンドロのような人間にとってはこういう店は物足りないものを感じるのだろう。いい商品であるならばそれを徹底的にアピールしてくれなければ伝わってこないと考えるだろう。しかし、それだけが正解とは限らない。店員が薦めてくれるものだけが最適解とは限らない。千堂はそれを知っていた。


そして千堂が選んだものは、淡い桜色の、シンプルなシルエットのドレスだった。それをアリシアに試着させて、千堂は眺める。


「うん、やはりこれだ」


彼はしっかりと頷いてそう言った。それは、決して派手でもなければ存在感をアピールしてくるわけでもないが、アリシアがそれをまとった姿は、ふわりと広がったシルエットがまさに桜の花を思わせた。アリシア自身が桜の花そのものになったかのようだった。


「これが…私…?」


鏡に映った自分の姿を見て、アリシアは呟く。だが、自分でも目を離すことが出来なかった。さっきの店では決して感じることのなかった、『普段の自分ではないのと同時に、しかし確かにこれも自分である』という感覚があった。


照れ臭いけれど、さりとていたたまれないような感じは全く無かった。そしてそのドレスに合わせるように、アクセサリーがコーディネートされていく。ネックレスも、イヤリングも、桜を思わせるそのシルエットと印象を邪魔するものではなかった。これが最も、アリシアがアリシアらしく見える姿だと、千堂は感じたのだった。


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