5日目~8日目 アリシア、後悔する

「千堂様、侵入者の制圧、完了しました。全方位索敵も問題ありません。状況終了です」


アリシアからの報告を受け、廊下の壁の一部が開き、そこから千堂が姿を現した。セーフルームと呼ばれるシェルターに身を隠していたのだ。当然、誘拐屋の彼らもそれは想定していたのだろうが、そのセーフルームを見付ける為に入手した間取りと実際の間取りを確認、差異を調べるのを目的に各部屋をチェックしていたというのもあると思われた。しかしアリシアの対応があまりに早く、その目的も果たせぬうちに、いや、恐らくキング以外の誰も自分の置かれた状況さえ理解出来ぬうちに制圧されたのだ。


アリシアからの通報を受けた警察が駆け付けた頃には、襲撃犯は全員、拘束した上に頭に布袋をかぶせられた状態で庭に並べられ、何一つ抵抗出来ない状態で引き渡された。


現場の指揮を担当していると思しき警官が、キングの身体的特徴をスキャナで読み取り、本人確認をした上で言った。


「特別指名手配犯、キングことアーゼル・マクマホリア。本人に間違いなさそうだな。ようやく年貢の納め時ってことか。お前を裁きたいっていう都市は山ほどある。そこでたっぷり刑を受けてこい。主なところだけでも恐らく千年はシャバに出られないだろうがな」


火星は、建前上は全体で一つの国ではあったが、実際には地球の各国の後ろ盾を得た都市がそれぞれ自治を行っており、<条例>と称した独自の法律を運用していた。各都市にまたがって犯罪行為を行った者はそれぞれの都市の条例で別個に裁かれ刑に処される場合があるのだ。キングはさすがにジタバタしなかったものの、他のメンバーには往生際悪く抵抗を試みる者も。しかしこう丁寧に拘束されていては完全に徒労だったが。


「……」


簡単な事情聴取を終えて、アリシアの傍に千堂が戻ってきた。うなだれる彼女の視線の先には、破壊されたアリシア2305-HHSが横たわっていた。その周囲を鑑識の人間が取り囲んでいる。現場での検証が済めば、今度は証拠品として収容されることになるだろう。アリシアは、それが悔しくて悲しくて仕方なかった。


「彼らが屋敷に侵入を図ってる時点で、私は気付いていたんです。でも、彼らがショットガンで先輩を撃つまで戦闘モードが起動しませんでした。私がもっと早く対処出来ていたら…」


アリシアは泣いていた。やはり涙こそ流してはいないが、アリシア2305-HHSを想い、確かに泣いていた。千堂は彼女の肩を抱き、静かに言った。


「それはお前の所為じゃない。私達がお前をそういう風に作ったのだ」


千堂の言うとおりだった。侵入に気付いた時点で警察には通報していたし、その一方であまりに手馴れた侵入であったため、千堂をセーフティルームに避難させた上で敢えて賊を屋敷内に誘い込み、制圧する。あの状況ではそうするようにアリシアは作られていた。


彼女はその通りに行動しただけだ。だから彼は続けて言う。


「お前は自分の役目を完璧に果たしてくれた。気にしてはいけない」


穏やかでありつつ毅然とした言葉が、アリシアのメインフレームを揺さぶる。アリシアは思った。どうしてこの人の言葉は、いつも私に大きな負荷を掛けてくるのにそれが不快じゃないんだろう。どうしてこんなに守られてる気がしてしまうんだろう。私がこの人を守らないといけないのに、私はいつもこの人に守られてしまってる。そして彼女は素直な気持ちを吐露した。


「ありがとうございます。千堂様のその言葉こそが、人間の労りというものなのですね。労わってもらえるというのは、こんなに嬉しいものなのですね」


アリシアの瞳が、真っすぐに千堂を見詰める。その瞳の向こうに見え隠れする揺らぎは、やはり人間が<心>と呼ぶものとしか思えなかったのだった。


その後、人間のように担架に乗せられ、しかし人間と違って救急車ではなく輸送用のバンに乗せられるアリシア2305-HHSを、アリシアは見届けることが出来なかった。千堂の胸に顔をうずめ、泣いていた。


「先輩…ごめんなさい、先輩…」


気にしてはいけないと言われても、出来なかった。自分がもっとうまくやれていればという後悔だけが彼女の中にあった。千堂を守れたことは誇りに思う。だけどその為の犠牲の大きさに彼女は打ちひしがれていた。千堂もまた、そんな彼女にどんな声を掛けるべきか迷い、ただ彼女を抱き締めるしか出来ないでいたのだった。


翌日は千堂は休日であり、ずっとアリシアの傍にいてやることが出来た。彼女は表向きは明るく振る舞うことできるようになっていたものの、それでも時折、辛そうな表情になった。


特に、廊下に出ると遠い目をしてぼんやりすることがあった。アリシア2305-HHSが通りかかるのを待つかのように。


そんな彼女の姿を見た千堂が、携帯を取り出しどこかに電話を掛け始めた。しばらく何かを話し込んだ後、まだ呆然としているアリシアに向かい声を掛けた。


「アリシア、アリシア2305-HHSの修理の目途が立った。恐らく三日後には帰って来るだろう」


その言葉に彼女はハッとなって彼を見た。


「本当ですか!?」


彼がそういうことで嘘を吐く筈はないのだが、ついそう訊いてしまう。そんなアリシアに千堂は微笑みながら言った。


「本当だ。証拠品として、破壊されたボディーは今後も警察に置かれるが、それ以外はもうJAPAN-2ジャパンセカンドの方で回収した。ラボで直接修理される。あれは、お前のテストの為に必要な機体だからな。開発部直々のメンテナンスも込みの特別扱いだ。メインフレームが破壊されてるから全てのデータが復元出来るかどうかは保証の限りではないが、内部ストレージは無事だったそうだからそこにバックアップされたデータまでは何とかなるだろう。むしろ、事件の記憶などない方がいいかも知れないな」


先輩が帰ってくる…!


アリシアの気持ちは高ぶった。ロボットだから壊れても修理が可能なのは当然の話だ。しかし、そうは言ってもやはり感覚として別の機体が来るというのとは違う。『先輩が帰って来る』というのが彼女にとっては大切なのだから。


アリシア2305-HHSが帰って来るまでの間、彼女が屋敷全体の維持管理を受け持つことになった。三日やそこらなら放っておいてもそれほど大きな問題ではない筈なのだが、彼女自身がそれを申し出たのだ。が、<心のようなもの>というバグを持つ彼女は、アリシア2305-HHSのようには仕事を果たせなかった。どうしても時間がかかってしまい、スケジュールが合わない。改めてアリシア2305-HHSのすごさを実感させられた気がした。


とは言え、彼女も本来は同じことが出来る能力は当然持っている。出来ないのはあくまで彼女が抱える特殊な事情によるものであって、彼女に責任があるものではない。寝るという習慣があることもその事情の一つだった。寝なくてもすぐに活動に支障が出る訳ではないものの、寝ることを習慣とするように指示が出されているのだ。それは決して命令ではない。しかし同時に指示としてはかなり上位にあるものだった。故にアリシアはそれに逆らうことが出来ない。だから千堂は、同じように出来ないことを責めたりはしない。ただ見守るだけだ。あくまでアリシア自身が、同じように出来ないことに引け目を感じているだけである。


彼女は努力した。作業そのものを工夫して、先輩の作業と同じクオリティを保ちつつ効率化を図ることで時間の短縮を目指した。それでも、元々アリシアシリーズの作業自体に無駄が極めて少ないことから、容易なことではなかった。


アリシア2305-HHSは二日でこの屋敷の全てを清掃・点検する。そこをアリシアは三日かかってしまったが、懸命に努力する彼女の姿を、千堂は見ていた。徒労に終わるかも知れなくてもそれは問題ではない。ロボットである彼女が努力するということを学んでいるのが重要なのだから。何より、働く彼女の姿は単純に美しかった。


しかもアリシアは、本当は千堂に甘えたかった筈なのだ。千堂が寛いでるところに自分も寄り添って、二人の時間に浸りたい筈なのである。なのに彼女はそれを我慢して、アリシア2305-HHSが抜けた穴を補おうとしている。命令された訳でもないのに。自分が守り切れなかったことを悔やみ、それを贖う為に。


人間でもそこまで出来る者はそれほど多くないだろう。アリシアはロボットでありながら、自らそれをしようとしているということが、何にも代え難く意味を持つものなのだった。


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