漣蝶八景

#歌々詩の山道

寺へと続く山道

針葉樹林の隙間を埋める様に案山子は生える

彼等は歌うらしい

人が山に踏み入らない時に詩を高らかに

私は草を風に乗せた

歌が鳥になり羽ばたいてくのを寺から見た

目の前で聴きたい

私の様に恥ずかしがり屋さんなんだろうね


その詩が何を伝えたいのか私は分からない

何故 歌う様になったのか私は分からない


あの嵐の夜にも

窓を打ち付ける雨粒と共に聞こえていた

この指は走らせる

私の歌々詩に対する敬意を走らせている


その詩が何を伝えたいのか私は分からない

何故 歌う様になったのか私は分からない




#風鈴蜻蛉

この町の夏の時期には

淡い空と生い茂る叢

鬱蒼の山と細い川は涼しく鳴る

風鈴蜻蛉が孵化して

飛び回るからだ


昔の人はこれが来ないと

夏を感じないらしい

お年寄りは心地良さそうだけど

若い人は耳障りみたい

子供が硝子の身体を叩き割って喜んでる


私は駄菓子屋で風鈴蜻蛉の剥製を買い

窓際に吊してかき氷を食べよう

模様と同じ苺の味をかけて




#置き去り草

冬が来れば花も草も枯れてしまう

私の人生観は

名前を覚えて少し変わったのに

顔を出さないから残念でならない

茶色く渇く中に緑が紛れてるなら

それは置き去り草と言うのよ

皆が枯れていく中で

それだけは枯れないでいるのよ

食べると若さを保てるらしいけど

草のくせに根っこで逃げてくから

なかなか捕まらない


言い伝えがある

薄命美人がこれになるのだと

私はなれるかな?

皆が一度死ぬ時の空白を知らせる為だと

なら置き去り草は良い草だね


科学者は探索するけど

見付かりっこないわ

見付けても韋駄天ですから




#影踏みを禁忌する坂

この町の春になれば桜が埋め尽くす坂は

夥しい程に桜の木が植えられてる

曇り空の下を歩く様で

影はより濃い影に溶かされてく


坂を渡る前の看板には

自転車を漕ぐ事と

木漏れ日を歩く事を禁忌した看板がある


影踏みをされて苛められてた子がいて

その子は自害をしてしまったらしい

それ以来 影を踏まれたら

踏まれた箇所に痛みが走る様になった

これ程までに綺麗なのに

私達は手を繋いで歩けない

どちらかが前を歩いて行く事しか出来ない




#プラシボの花

海に面した道路には

油が浮いた様な色をした花が咲いてる

私はそれを美しいと

通る度に思わされている


戦争の際に米軍が

麻薬として持って来た悪い花

反感する奴隷の食事に混ぜて

眼が澄んで来たら

暗示をかけてしまう恐ろしい花


ある者は疲れを忘れさせられ過労に死に

歯向かう者は小雨の痛みに死んだ

女は性の虜にされた


この花が焼かれないのは

花自身が香りで

私達にそうさせてるのと

近くの北向きの病棟

末期の患者を少しでも楽に行かせたいから

ここの女性は陣痛の痛みを知らない

非道な名物だと私は思ったのは

そこを通り過ぎての事だった




#提燈葬列祭

一年の変わり目に町の人は提燈を持つ

神輿も担いで賑わいながら

それぞれの先祖の眠る墓へと向かう

これは提燈の葬列に休めない幽霊が

祭だと着いて来るのだ

そうして本来帰る場所へ

賑やかなまま返してあげる祭だ


年々やる人が減っている

年の変わり目には家族とゆっくりしたい

休めぬ他人の幽霊の為に外に出たくはない

皆が家を留守にすると泥棒が出ている

私の家も今年はやらないと言ってる

この町は見えない人込みに紛れるのは

そう遠くはないのかもしれない




#ニホンキリンの生息地

この町にはニホンキリンが住んでいる

ニホンキリンはどこかの国の牛の様に

神聖な生き物として称えられている

朝にカーテンを開けると

ニホンキリンが顔を覗かせている時がある

私はその度に驚いてるけど

お約束のビスケットを差し出す

お辞儀するその姿はとても可愛らしい


私は時々その背中に乗せてもらって

この町を少し上から覗く

海へ行きたがるニホンキリンは

鼻をコソコソと動かす

私は長い首の右側をトントン叩く

海へと右折をする

欠伸をしてる

疲れてるみたいだから尻尾を引っ張る

するとニホンキリンはゆっくり足を崩す

ポッケのクッキーを差し出す


私は頭を撫でてお家へ帰る休日の午前




#漣蝶の歌

私は駅に居る

少し遠くの町へ出かける為に

電車を待つ時に流れる音は

歌になっている

子供あやす為に歌われた

語呂合わせの様な歌


漣を縫えば

頬を辿る陽の水

海の搦め心

指輪はまだ砂の中

囁きと共に揺れる


蝶の香り追いかけ

安堵の毒に凭れ

無臭の月の味

凪を掴むのは未だ

そして矢を忘れるな


私は口ずさみながら電車の中へ入る

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