馬の骨

針葉樹林の並木道を歩いている

整備はされておらず微かに残る獣道である

私はコートを重ね着した

吐く息は白くなりやがてそれはダイヤモンドダストを作っていた

吸う空気は髄や芯を凍らせ様としている

貼り付けの懐炉は胸に付けるのがこの先の常識である

この先の街“tsundora96”には近付いて来たみたいだ

並木道の樹々は枯れていきやがて青く凍り付いていくのを眺めていた

空もいつの間にか夜にへと移り変わっていた


オーロラが燃えてる

星は全てシリウス

青白い輝きをしてる

狼が遠くで遠吠えを響かせている

ランプに火を灯した

暫く雪は降っていないみたいだ

雪は風に吹かれて

砂みたいなシャーベットになっている

踏み崩れる足音に警戒を強めた


街灯が見えて来た

どうやら街に入った様だ

しかしまだ門を見る事は無い

途中使われていないバス停を見た

中には誰も居なく

落ち葉ばかりがあった

溜まり所の角を蹴ると鼠のミイラを見た

腰を抜かすと視界に文字が入った

「“98ー教会”なんてありゃしないだろ」

私はこの先のそこを目指す為に此所に来たのだ

脳裏の不安を表に出すなと靴裏の泥で字を擂り潰した


顔が凍り付いて来た

不安な表情すら出来ない

この先の門番さんが居るとして

慣れているとは思うが

無表情で対応するのは失礼だ

私はレモンを一つ齧った

顔が一気に中心に集まったみたいだった

涙が零れたら直ぐに拭いた

角膜が凍って剥れてしまうからである

味覚において酸味は温かさにあたる

表情が豊かになったのに

私は酸味で辛い顔をしたままだった


私はバス停を後にした

いつの間にか狼の事など気にしなくなっていたが

この事には気付かなかった

影が見えて来た

恐らく門だろう

私は置いて行かれる訳でもないのに小走りをしていた

点けっ放しのウォークマンはアドリブなギターソロに差し掛かっていたけどそれにはまだ気付かなかった

門に着くと門番さんが顔を出した


『ここで余所の人を迎えるなんて何年も無いよ。ご覧の通り此所は太陽に愛されない凍った街だからね。バス亭なんてのは出来て一週間で来なくなったよ。この街に来る奴は“98ー教会”を目指してるんだけど、誰一人帰って来ないって話さ。此所の街は出て行く奴ばかりだよ。日の光をやっぱり拝めて見たいんだろうよ。一生に一回は…。しかしあんたは運が良いね。普段は何も無いからサボってるんだけど、妻と喧嘩してこっちに逃げて来たんだ。情けないかい?まぁ、寒いだろう?あがってくれよ!』


やっぱり部屋は温かいのだろう

私はまたレモンを囓りながら部屋に入った

煖炉の灯が部屋を照らしていた

私がいた外はとんでもない位寒かったのだろう

温かさに気付かされて震えが止まらなくて感覚は鈍っていた


『寒かったろうに…こんな時はポタージュに限るよ。』


そう言うとテーブルにコップを置いた

入りたてポタージュは香りを渦巻いていた

小さいキッチンに目をやると

ポタージュの袋が沢山あった

門番さんはよっぽどポタージュが好きなのだろうか

私もポタージュが好きだ

いや思うに寒さにて暖を取る為の飲み物の味に

飽きの概念は無いのだろうと自己完結をし息を吹き掛け飲んだ


門番さんに訪ねた

“98ー教会”はどうすれば行けるのか

そこには何があるのかを

門番さんは顔を少しばかり苦い顔をした


『“98ー教会”は北東のにある出口からひたすら真直ぐ行き、凍り付いた海面の上にあるそうだ。そこに着くと別世界“rakuen0”に行けるそうだ。余所の奴等が帰って来ないのは、そこに辿り着いて幸せに暮してるからって話さ。それか着く前に死んでしまったからかも知れない…“98ー教会”は“tsundora96”の地図に書かれているが、大昔にこの街出身の小説家が、北東の意味のない出口に楽園があるという設定で書いたんだが、それが素晴らし過ぎて載せちまったって話さ。つまり、確かじゃないんだ…。とにかく、行って帰って来た人も居ないから…希望持って行く奴もいるみたいなんだけど、毎回自殺者を止めてるみたいなんだ。…親族は責めはしないけど、嘘を吐いてでも止めるべきだったんじゃないかなと時々うなされるんだ。』


私は別に嘘であろうと気にしないと言った

門番さんは溜め息を吐いて

『在って欲しい…』

そう呟いた


街の中に入ると前から気付いてはいたが

オーロラが夜空を包み込んでいた

星が夜空に沈んでいた

放物線を描く流星群をみた

私は門番さんの言う牧場を目指した


街のカーテンはオーロラで出来ている

梯子を使い特殊な鋏でオーロラを切り取り作るそうだ


牧場に着いた

そこでもくもくと仕事をしている老人を見た

『…思い出は出来たか?未練はないか?』

老人はどうやら此所に来る人達の心情を悟っているらしい

『車やバイクで行く奴が居るみたいだけど、それじゃガソリンが尽きたらお終いさ。こいつに乗って行くと良い。こいつは永遠に走るぞからな。燃費と無いからな。』


老人の視線の方に眼をやると

馬の骨が青草をコツコツと歩いていた

『あいつは特殊な方法で作られた馬なんだ。しかしその方法は禁術だからな、神様が怒って太陽を奪ってしまったってのが昔から伝わるこの街の話さ…まぁ、街から出れば太陽なんて見れるし、奪われる物がもう無いから開き直ってやってるんだけどね。永遠にあの骨の馬は走る。砕いて粉にしない限り永遠に走るだろう。…果てしなく遠いからな聞くには…もしかしたら百年かかる先に在るかもしれない。だから自分にもしてくれと言った奴がいたんだ‥けどな、骨になったそいつは目指す事無く死んでしまったよ。プロペラに飛び込んで砕けてしまったよ。骨には視覚以外は存在しないからさ。あの“rakuen0”だってそれで行ったら楽しくないだろうぜ。だから生きてる間に辿り着かなきゃならない…信じ切れるか?』


私は頷くと骨の馬を貸してくれた

秘伝の食料を買い占めて来て

私は北東の門に立った

ウォークマンが流れっ放しなのに気付いたのはこの時だった

流星が一つ進行方向に流れた

この先にあるのを願い馬の骨に跨がった


カントリー調の曲が流れていた

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