第209話 天騎の会合

 

 ここはデストリーネ王国の会議室。


 会議室と言っても不相応なほど遙かに広く床は滑らかな石のタイルが用いられておりフテイルとの文化の違いが顕著に表れている。


 部屋の中央には長方形の巨大な大理石の机が置かれていた。


 その机の周りを囲むように既に天騎十聖の面々が座っている。

 そして、少し遅れてウェルムが会議場に入室した。


「やぁ、皆遅れて悪いね」


 暢気な声で部屋に入ってくるウェルム。


 その隣にはジュラミールが共に入室し後ろには黒のスーツ姿のシフォードが付き従っている。


 ウェルムとジュラミールの二人はその後、一番の奥に空いている二つの席に座った。

 シフォードは用意されている席には座らずにウェルムの後ろに直立する。


 ウェルムはこれに対してもはや何も言わない。


 前にもいくつか同じようなことがあったが素直に聞いた試しがないからだ。


 シフォード曰く、「いつ如何なるときも警戒を欠かすわけにはいきません」とのことだ。


 その真剣な表情を前にウェルムは茶化すことができなく好きにさせることにした。


「さて、皆も知っていると通りフレイシア、いやジョーカーが大軍を率いて総攻めを開始した」

「小国連合の次は大国主体の大連合っすか」


 クライシスが苦笑いで呟く。


「確かに大連合は厄介だよ。でも、僕は丁度良いと考えている。これはまとめて叩けるチャンスさ。南国のシュールミットなんかは攻めるには遠すぎ入念な準備がいるからね」


 ウェルムは不敵な笑みを浮かべて言う。


「それでウェルム、こちらはどう動くのかしら?」


 カハミラがウェルムに尋ねる。


「流石に軍勢を分けられてしまっている以上、こちらも分けざるを得ないね。敵の策に乗っかるのは不服だけど。しかし、僕らに有利な事は変わりない。格の違いを見せつければいいよ」

「ジョーカーはどう対処するつもりだ? あれはいくら天騎十聖といえど単独では難しいんじゃないか?」


 隣に座っているジュラミールが尋ねてくる。

 難しいと言いつつもジュラミールの本心は勝てることすら危ういと考えているように見えた。


「結論を言うと僕はジョーカーをこの王城に誘い込もうと考えている。そして、僕一人で戦うつもりだ」

「「!!」」


 その言葉はこの場の面々を驚かすに十分なものだった。


「それは!!」

「陛下!! それは危険すぎます!!」

「あなたが死ぬことはない。それは分かってるけど、相手はジョーカー。万が一、あなたが死ねば私たちの悲願はそこでついえるのよ!?」


 この他にも周囲から反対意見が絶え間なく飛び交う。


「考えてみてよ。ジョーカーを倒せるのは僕だけだ。そして、さっき言ってくれたようにデルフを戦場に残すわけにはいかない。あの黒の能力は多対一の時こそ本領を発揮するからね」


 反論しようと配下たちは言葉を考えるが思いつかず黙り込んでしまう。


「……そうだね。それなら早く外の方を終わらして助けに来てよ。ジョーカーも味方が全て敗北したと知ったら戦意がなくなるんじゃないかな。……それに“再生”を手に入れることができれば確実に勝てる」


 その言葉を聞いて全員は無言で頷いた。


「もう一度確認するけど僕たちの目標は各国の王、ジョーカー。そして、“再生”だ。ここで最も重要なのは“再生”だ。この能力さえ手に入れれば勝ちは決まったようなものだからね」

「了解した。ようは邪魔する奴は全部叩き潰せば良いって事だろ?」


 可愛らしい少女の姿のクロサイアがその姿に似合わず汚い言葉使いで確認する。


「まぁ……うん、そうだね。それが手っ取り早いかな」


 あまりクロサイアに難しいことを言っても混乱するだけなのでウェルムは頷く。


「さて、それじゃ今から陣容について説明するよ。恐らく敵はこの地点を目指してくるつもりだから……」


 ウェルムは事前に決めていた十聖の配置を懐から取り出した地図に指差しながら決めていく。


 だが、その配置に不服を唱える者が出てきてそれに対しての文句も飛び交い喧嘩にまで発展してしまう。


 その不服を唱える者は主にヒクロルグとクロサイアだ。


 さすがに殴り合いの喧嘩までいかないが放っておくとそうなってもおかしくなかった。


 ウェルムとグーエイムが仲介に入りなんとか双方の意見を考慮して全員が納得いく配置に決まる。


「ようやく話が纏まったよ……」


 かなり疲れた表情のウェルムが溜め息交じりに呟く。


「あのー、私の配置がなかったのですが」


 グーエイムが手を上げて恐る恐るウェルムに尋ねる。


「グーエイムには別の役割を任せたいんだ」

「別の役割?」

「グーエイムが率いる一番隊は隠密部隊としてフテイル本国に向かってもらう」

「……なるほど、つまり挟撃ですね?」

「察しが早くて助かるよ」


 進軍を開始したフテイルは必要最低限の戦力しか残してはいないとウェルムは考えていた。


(最低限の戦力などあってないようなもの。グーエイムならばいとも簡単に占領してくれるだろう)


 本国を奪われたフテイル本隊は逃げ場を無くしそこを同時に攻め上がる。

 これで挟撃の完成だ。


「前後から同時の攻撃にはさすがのフテイルも終わりの時を迎えるだろう。君が向かった後、囮も向かわせるつもりだよ。案外簡単に厳重な警備を抜けられると思うよ」


「了解しました」とグーエイムが返事する。


 続いてウェルムはジュラミールに目を向ける。


「ジュラミールは……」

「私は総大将として戦地に赴くつもりだ」


 ジュラミールは食い気味にそう言うがウェルムは首を振る。


「駄目だ。総大将は僕の分身を向かわせるよ」

「なぜだ? フレイシアが向こうの総大将として出るのだぞ。俺がいかなければ面目が丸潰れだ」

「万が一を備えてだよ。君が倒れると洗脳が解けてしまう。それだけは何としても避けたいんだ。ここは耐えて欲しい」

「……了承した」

「だけどよぉ、ジョーカーをここに呼び出すんじゃここも安全とは言えねぇじゃねぇか?」


 肘を突いたままクロサイアが面倒くさそうに言う。


「クロサイア、姿勢を正しなさい」

「ちっ」


 カハミラに言われて渋々姿勢を正す。


「確かにクロサイアの懸念も分かるがデルフは僕相手に精一杯だろう。それにシフォードもここに残るし一番安全な場所は逆にここと言っても良いんじゃないかな」

「そうか、なら俺からは何もねぇ」


 全員の了承を得たウェルムは立ち上がり口を開く。


「創造と再生は除くがその他の能力を全て手中に収めた僕らに負ける要素はない。皆の朗報を心待ちにしているよ。これが最後の戦いだ!!」

「「おおー!!」」


 そして、席に着いていた十聖たちは立ち上がり各々の持ち場に向かっていった。


 この場に残ったのはウェルムと側近のシフォードのみだ。

 微笑んだままのウェルムは席についてしばらく黙り込んでしまう。


 そのとき、突然ウェルムは微笑みから真顔に変化しどんっと机を思い切り叩く。

 シフォードもそのウェルムの変化に目を丸くする。


「……やってくれたね。真の平和が目前だというのに……やはり邪魔するのは君か、デルフ!!」


 我を忘れてジョーカーと呼ばす歯ぎしりをするウェルム。


「ジョーカー以外は警戒に値しないと思うのですが……」

「その油断が命取りになるよ。シフォード。ジョーカーは母上が僕たちを止めるために残した最後の切り札だということを忘れてはいけない。つまり、ジョーカーが為すことは全て母上の行動だと思うべきだ。もちろん、それはこの大軍を集めたことも入っている」

「!! ケイドフィーア様の……」

「デルフの仲間たちも誰もが油断できない猛者と考えるべきだ」


 ウェルムは一息置いた後、平静を取り戻して重々しく口を開く。


「母上が、ジョーカーが何をしようと……最後に勝つのは僕たちだ」

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