第204話 会議前

 

 フレイシアが同盟を結んだ各国の王たちに召集をかけた一月後、多数の軍勢がフテイルの周辺に陣を張っていた。


 フテイルの城から眺めるその夥しい陣の数、その大きさにフレイシアは息を呑む。


 だが、これらの軍勢は決して敵ではない。

 むしろその逆で全てがフレイシアと同盟を結んだ国々だ。


 その主力となるのが三つの大国。


 ボワール、新生ジャリム、シュールミットだ。


 数々の小国の陣に比べ明らかに大きさが違った。


「いよいよ、ですね」

「はい」

「では、急ぎ会議の段取りを」


 フレイシアは側に控えるウラノに目配せする。


「ハッ!! 直ちに!!」


 ウラノの姿が掻き消えフレイシアは再び前を向く。


「デルフ、これが最後なのですね」

「いえ、ここで勝ってようやく始まるのです」

「……そうでしたね」


 正直なところ、フレイシアの兄であるジュラミールとウェルムが率いるデストリーネを倒すことがフレイシアが目指す争いのない平和な世の中が訪れるわけではない。


 むしろ、この戦いに勝ってこそようやく平和に向けて動くことができるのだ。


「しかし、デストリーネをまず倒すことから始めるとは……。遙か高く大きな土台ですね」

「だからこそ、その上に作られる建物は盤石なものになり得るのです」


 フレイシアはちらりとデルフに目を向ける。

 その視線はどこか不安げなものだった。


「デルフ、ずっと隣で私を支えてください。私はまだまだ未熟です。いつ、その苦難に折れてしまうか。だから……」


 その言葉にデルフの心臓が跳ねてしまうが必死に抑えて優しくも辛い嘘をつく。


「承知しました」

「約束ですよ?」


 デルフは頭を下げるだけで何も返事することができなかった。


「あら? お邪魔だったかしら〜」


 突如、背後からそんな暢気な声が聞こえてきた。

 声量は大分小さかったが物音が一つもないこの部屋では良く響いてしまう。


 デルフは既に近づいてきていることに気が付いていたがフレイシアは別だったようでびくっと背筋を伸ばしてしまっている。


 そして、恐る恐る後ろを振り向くと微笑んでいるナーシャが立っていた。


 その隣にはタナフォスが控えている。


「お、お姉様!!」

「タナフォス、もう少し時間を置きましょう」


 そう言ってナーシャはタナフォスの肩を押して退室しようとする。


「ま、待ってください。お姉様。何でもありませんから!!」


 顔を真っ赤にしたフレイシアがナーシャの肩を掴んでこちらに引き戻そうとする。


 タナフォスがナーシャに押されそのナーシャはフレイシアに引っ張られているというよく分からない光景にデルフは思わず笑みを零してしまう。


 そして、口を開く。


「陛下、今回の大会議、俺は同行しません。いえ、できませんと言ったほうが正しいですか」


 その言葉を聞いたフレイシアは引っ張っていた手を止めた。


 目を大きく見開いてこちらを振り向くがすぐにその理由を悟ったらしくゆっくりと言葉を紡いでいく。


「今回の会議は正式な国同士の話し合い、だからですか」

「ええ」


 デルフが頷くとフレイシアの表情がさらに暗くなった。


「分かっていますが、不安なのです。これだけ多くの兵を引き連れている王、いえだからこそ王と言えるのでしょうが私にはその兵がいません。同盟を受けてくれたときは納得していましたが果たして今も私が同盟の盟主と納得しているのでしょうか」


 デルフはその言葉を否定しようと口を開きかけるが先に前から声が飛び出した。


「フレイシア〜そんな弱気なこと言ってどうするの!! もっとしゃんとしなさい!! あなたが作ったのだからあなたが盟主で当然でしょ」


 先を越されたが気を取り直してデルフも後に続く。


「陛下、確かに前までは兵はいませんでした。しかし、今や五番隊が帰参しています。数こそ小国の軍勢と比べても見劣りしますが実力で言えば五番隊の面々の方が遙か上でしょう。そして、我ら“白夜びゃくや”が側に控えております。これらも一騎当千の強者ばかり。もう少し胸を張ってよろしいかと」

「ええ、そうよ。何かあっても不敵な笑みを浮かべておけば勝手に勘違いしてくれるわ!!」


 何かと少しずれている言葉にデルフは呆れた視線を向けるがナーシャは一向に気が付かない。


「そ、そうですね。私がしっかりしないと私を信じてくれている配下たちに面目が立ちません」


 先程の表情から打って変わってやる気に満ち満ちている空気がフレイシアから生まれている。


「まぁ、私も出席するから気楽にね。護衛にはタナフォスも来てくれるし」


 今回の大会議では二人までの護衛を付けられるようにしている。


 各国の王たちもフレイシアが罠を仕掛けているとは思っていないことは承知している。


 しかし、それでも元は敵同士。


 王が単身で会議に臨むのは配下たちも容易に認めることができないことをフレイシアが配慮し護衛の同行を認めた。

 それでも何十人と連れてこられても困るため二名までという制限を設けたのだ。


 恐らくこの配下の面子が王の格を定められる材料となるだろう。


「デルフ、あなたが行けないとなると誰を付けるといいでしょうか?」


 この面子選びは慎重にならねばならない。


 ここでフレイシアの顔を潰す組み合わせにしようものならたちまちその長であるフレイシアが侮られてしまう。


 味方に侮られて良いことなど一つもない。


(その点から、ウラノとアリルはやめておいた方が良いか。ないとは思うがもしも喧嘩などされれば陛下の顔は丸つぶれだ)


 デルフは少し考えた後、口を開く。


「まずはイリーフィアを付けましょう。彼女ならば各国に名が轟いており陛下を侮る者はいないでしょう」


 フレイシアも納得し頷く。


「もう一人は……」


 そのとき、ウラノが戻ってきた。


「陛下、全て整いました」

「ご苦労様です」

「ハッ!!」

「では、私も準備を始めましょう」




 明朝。


 会議場として定められた砦にてフレイシアは先に入室して縦に置かれた長方形の机を横切り一番奥の座席に座る。


 フレイシアの服装はいつになくさらに純白のドレスでそれに負けず劣らずの白銀のさらさらとした髪をその上に下ろしている。


 座ったときにふわっと舞い上がる髪に護衛の一人であるグランフォルがほえーっとみっともない声を上げた。


 この場にいることから言わなくても分かると思うが二人目の護衛に選ばれたのはグランフォルだった。


 デルフが考えた結果、自分の次に実力を持つグランフォルを選んだ。

 グランフォルならば何か不測の事態が起きたとしても切り抜けられるだろうと。


「いてっ」


 グランフォルがちらりと横を見るとイリーフィアが虚ろな目で睨んでいた。


「はしゃがない。しっかりする」


 イリーフィアに睨まれ萎縮するグランフォルにフレイシアは声を出して微笑む。


「いや……だって俺悪くないぞ。フレイシア、めっちゃ綺麗じゃないか」

「ふふ、ありがとうございます。アリルが張り切って頑張ってくれたおかげです!」


 談笑を続ける二人に怒りの鉄槌が降る。

 両者の頭に小さな拳が落ちたのだ。


「いってぇーー!!」

「痛いです……」


 その場で頭を抑えてうずくまるグランフォルに涙目になって訴えるフレイシア。


 相変わらず虚ろな目からは感情が何一つ読めないが纏っている雰囲気からは推測ができる。

 どうやらかなりご立腹のようだ。


 フレイシアが涙目になって訴えるも一向にイリーフィアの機嫌は良くならない。


 まずイリーフィアの視線はグランフォルに向いた。

 そして、再び頭に拳が振り下ろされる。


「痛ッ!! なんで!?」


 グランフォルの腰はさらに曲がり床に近づく。


「まず、グラン」


 ぴっとフレイシアに指さすイリーフィア。


「陛下。分かる?」

「は?」


 そのグランフォルの反応にイリーフィアの目は細くなりさらに不機嫌になる。


「グラン、配下。王女様、陛下。呼び捨て、論外」


 グランフォルは口早に捲し立てるイリーフィアに圧倒されてしまう。


「お前も今、フレ……陛下に暴力振るったじゃねぇか」


 それを聞いたイリーフィアは呆れたように溜め息をつく。


「配下、陛下の駄目なところ、指摘する。そのためなら、暴力もしょうがない」


 さらに、それで咎められても受け入れると続けた。


「そ、そうか」


 そこまでの覚悟があることにグランフォルはそれ以上の言葉が出なかった。


 そして、イリーフィアを見習って自分の考えを改めることにした。


 次にイリーフィアはフレイシアを睨む。


「陛下、威厳保つ。本番はすぐ」

「は、はい。申し訳ありません」


 しゅんと落ち込むフレイシア。


 それを見て流石に言い過ぎたと感じたのかイリーフィアはフレイシアの頭を不器用に優しく撫でた。


「大丈夫、私もいる。グラン、心配だけど、私もいる」

「そこ、強調するところか」


 イリーフィアはグランフォルのぼやきを無視してフレイシアを慰める。


「陛下も十分に力ある。いつもの調子で頑張る」

「はい。ありがとうございます」


 調子が戻ったフレイシアに安堵したイリーフィアはほっと溜め息を零す。


「ソルヴェルのおじさん、デルフ、クルに任せていたときが懐かしい。はぁ……」


 そんな小さな呟きを漏らすイリーフィアだった。


「!!」


 イリーフィアは会議室の扉に目を向ける。


「陛下、来る」


 その言葉を聞いてフレイシアは気を引き締める。


「ええ、ここが最初の関門です」


 そして、扉が重々しい音を立てて開いた。

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