第181話 悲劇の後

 

「本当にデルフか!?」

「ああ」


 しばらく目が泳いでいたがノクサリオは持っていた斧槍を落としてデルフの下に駆け寄ってくる。


「一体どうなってんだよ!! あの森から脱出できたはいいが王国に戻るとお前が反逆罪で指名手配されてるしよ。王国は怪しい雰囲気になっているしよ。なんか俺らとは違う三番隊ができているしよ。俺はどうすれば良かったんだ……」


 ノクサリオはデルフに一息入れる暇がないほど思い切り捲し立てる。

 それほど今まで溜め込んできたのだろう。


 だから、デルフはその全てを受け止めた。

 もちろん前に出てきた以上、デルフに向けての暴言や職務怠慢だと言われても全て受け止めるつもりでいた。


 それが今は傭兵となった三番隊の上に立っていた者としての責務だ。


 自分の力不足により多大な苦労をしてきたと思うとやるせない気持ちになってしまう。


「……すまん。お前が悪いわけではないのに」


 ようやく落ち着いたノクサリオは息を整えているがそれは無理やり押さえ込んだという感じがした。


「……ノクサリオ、するとあの傭兵たちは」

「ああ、三番隊だ。大分数が減ってしまったが行く当てのない者たちは俺が面倒を見ている。……ガンテツに託されてしまったからな」

「そうか」


 そのとき、元騎士である傭兵たちが馬を走らせて戻ってきた。

 さらに後ろには村人たちが付いてきている。


「兄貴!!」


 その先頭には見た目が完全に不良の男が走っている。


「まさか、スルワリか。見違えた」


 デルフの知るスルワリとは風格がまるで別人だ。


 スルワリもノクサリオの隣に立つデルフの姿に気が付いた。

 最初は誰だか全く気が付いていないようだったがそれもすぐに目を大きく見開きあんぐりと口を開けた。


「まままままさか、デルフの兄貴?!」

「スルワリ、腕を上げたようだな」

「は、はい!」


 デルフは微笑み再びノクサリオに視線を移す。


「それであの盗賊たちは? 一人、かなりの手練れがいたようだが……」

「そいつはザンドフと言ってこの一帯を牛耳っている盗賊の頭だ。どうやら俺らが目障りだったらしくこの村を襲ったのも俺らを誘い込む罠だったらしい」

「良心を利用されたわけか。一応聞いておくが、まさか同業ってわけではないよな?」


 デルフは悪戯な笑みを浮かべて尋ねる。


「見くびらないでくれよ。こんななりになってしまったがこれでも真っ当に生きているつもりだ。騎士だったときの教えはしっかりと残っているぜ」


 予想通りに言葉が返ってきてデルフは誇らしく感じた。


「しかし、前とは比べものにならないほどお前も実力も増したようだ。魔法の煙も前なら目眩ましにしかならなかっただろ?」

「まぁな。ガンテツの代わりが務まるように必死に努力した結果だ。俺だけでも前を向かないと皆は付いてきてくれなかった」


 そう言うノクサリオの表情は暗く相当苦労したことが分かった。

 いや、それぐらいしかデルフには分からなかった。


(あのサボり癖が酷かったノクサリオが……)


 同期とはいえ自分がその上に立つ者だったとして情けなく感じ自然と左手に力が入る。


「気になっていたが、アクルガはどうした? まさか、あいつもガンテツと共に?」


 ガンテツの死は前にウラノは確認している。


 ノクサリオが生きていると分かった以上、残るはヴィールとアクルガの生死だけが不明だ。


 しかし、ヴィールに関しては確証はないが心当たりはある。


 残るアクルガに関してはまだ何の情報もない。


 唯一の手掛かりが目の前のノクサリオだがそのノクサリオが今の三番隊のリーダーを務めている。


 となると恐らくアクルガもガンテツと同じ場所に行ってしまったということだろう。


 そうデルフは考えるがノクサリオは首を振った。


「安心してくれ。あいつは生きている」

「そ、そうか。アクルガがそう簡単に死ぬとは思えないし当然か」

「だけどよ……」


 しかし、ノクサリオは途中で口籠もる。


「どうした?」

「いや、聞くより見た方が早いか……。一緒に俺たちの拠点に来てあいつに会ってくれ」


 あの脳天気だったノクサリオがこのように儚い表情をするとは想像にもしていなかった。


 そのためデルフはゆっくりと頷くことしかできなかった。


「デルフ様!!」


 そのときアリルがすぐ隣に現われ跪いた。


「どうだった?」

「はい。捕らえました」


 アリルが後ろを振り向くとヨソラが二人の男を念動力で浮かして持ってきていた。


「おとうさ、ん。ヨソラ、がんばった」

「ああ、良くやってくれた。ノクサリオ、これで敵の情報が大体掴めるだろう」


 しかし、ノクサリオからは返事がなかった。


 不思議に思ったデルフはノクサリオの方に視線を戻すと先程再会したときよりも酷く驚いていた。


「おいおいおいおい。デルフ!! そいつアリルじゃねぇか!! それにお父さんって……はぁ!?」

「そうだな、お互いに情報を交換をした方が良さそうだ。ノクサリオ、挑戦の森から後の事を詳しく教えてくれ」

「あ、ああ。なら、拠点に向かいながら話そうぜ」


 そして、ノクサリオは村人たちの安全を確かめに小走りで向かっていった。


「さて、と」


 その間にデルフは捕らえた賊の一人に向かっていく。


「おい。知っていること全て話して貰うぞ」


 最初は拒絶していた賊だがデルフの瞳を見た瞬間、顔が恐怖に染まり洗いざらい全てを吐いた。


「ノクサリオの考えは当たっている」


 やはり賊はノクサリオたちを根絶やしにしてこの地域一帯を自分の物にするつもりだったのだ。


 だが、その目論見も潰れた。


「一先ず安心して良いとノクサリオに伝えるか」


 尋問した盗賊は生かしておいてもメリットを感じなかったがそれはデルフが決めることでもないのでノクサリオに引き渡した。


 そして、デルフたちは馬を借りて共にノクサリオたちの拠点に向かった。


 ヨソラがデルフの前に乗ると言い出して聞かなかったが大事な話をするとなんとか言いくるめて今はアリルの前に乗っている。

 不機嫌になってしまったがここは母親、母親であるリラルスに宥めて貰うことにした。


「全く苦労する役回りじゃの〜」


 そうぼやくがなぜかリラルスは嬉しそうだった。


 そして、デルフはノクサリオと情報交換を行う。


「それであの後、どうなったんだ?」


 デルフがそう尋ねるとノクサリオの顔色は一段と暗くなる。


 しかし、それでもゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「襲ってきた魔物は厳しかったが誰一人欠けずに倒すことはできた。だけどよ……次に現われた奴がやばかった。猫のお面を被った不気味な奴だ」


 猫のお面、つまりファーストと呼ばれているカリーナのことだとすぐに理解した。


 思わずデルフの表情が曇るが幸いノクサリオに気付かれていないようだ。


「そいつの強さは次元が違った。あのアクルガが子ども扱いだ。死んでもおかしくない程の重傷を負ったがガンテツの足止めのおかげで俺たちはなんとか生き延びた。……生き延びてしまったと言った方が正しいか」


 そこでデルフはノクサリオの身体が震えていることに気が付いた。


 しばらく黙っていたノクサリオだったが意を決して口を開く。


「逃げている際、俺はガンテツの下に向かおうとするヴィールを止めることができなかった。俺はガンテツだけでなくヴィールまで置き去りにしてしまった。……たとえ、間違いでも助けに向かうべきだった」

「……だが、お前のその判断で多くの隊員たちが生き残ったのも事実だ」


 もしデルフがノクサリオの立場だとしたら同じ行動を取るだろうと考える。

 ノクサリオの取った行動に間違いは何一つない。


 もちろん責める者もいないだろう。


「……そう言ってくれれば少しは救われた気持ちになるよ」


 そこでデルフは一つの可能性について呟く。


「まだ確かじゃないが、もしかするとまだ間に合うかもしれない」

「どういうことだ?」

「詳しくはアクルガと共に話す」

「……分かった」


 そして、ノクサリオは話を再開する。


「森を抜けた後、俺たちは一先ず近くの野原にて休息を取った。アクルガの容態が悪く一刻も早く治療に専念した方が良いと思ったからだ。こんな状態で魔物に襲われている王都に向かっても足手纏いにしかならないしな」

「そんなに重傷だったのか?」


 ノクサリオは深刻そうに頷く。

 デルフからすればアクルガが弱っている姿など想像もできなかったため口から聞いても現実感が湧かなかった。


「もう命には別状はない……が会うときは心してくれ」

「?」


 ノクサリオの言葉に疑問を持ったがノクサリオは話を再開させる。


「それでそのときだ。伝令に向かわせた者からお前が反逆者として指名手配された報告を受けたのは。もちろん、俺はすぐにそれは真っ赤な嘘だと判断した。お前がそんなことするはずがないと断言できたからな」


 そこでノクサリオは目を逸らして声を低くして言葉を続けた。


「王国もお前もピンチだとは分かった。だけど、俺たちにはどうすることもできなかった。お前を反逆者と騙る国に戻れるわけもなく俺たちは各地を彷徨った。そんな中身のない俺から隊員の中には離れていく者もいた。……気付いているだろうがクロークもその一人だ」


 デルフが副団長だった時代に戦い方の指導をした青年。

 いわばデルフの弟子と呼べる存在。


 クロークもデルフのことを先生と呼んでくれていた。


 挑戦の森以降にはまともに会ったことはない。


 その名前にデルフは眉をひそめる。


「そうか……見当たらないと思っていたがクロークも」

「クロークは言っていた。師匠、お前の力になるため自分ができることをやると。俺たちの体たらくを見てしまえばいてもたってもいられないのは分かる」

「クロークが……」


 デルフはボワールの武闘大会で乱入してきたクライシスともう一人の騎士について思い出す。


(そういうことか。あの馬鹿、迂闊に敵の懐に近づくなんて……)


 デルフは強く拳を握る。


(このことは言わない方がいいか)


 これを伝えてノクサリオがもっと自分を責めるかもしれない。


 それにこの件は師匠であるデルフが解決するべきだ。

 これ以上、ノクサリオに重荷を背負わせるわけにはいかない。


「そうして、各地を転々としている間にここに辿り着いたわけだ」


 そして、木々の間を抜けた先には大きな集落が広がっていた。

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