第167話 乱入者
「誰だ!? おまえは!!」
「クライシス!?」
目の前に立ちはだかる存在が現われたがもはや足を止めることは叶わない。
しかし、クライシスはデルフとジャンハイブに挟まれている。
このまま挟撃を行えばクライシスといえども防ぐことはできないだろう。
すると、クライシスは両手をそれぞれデルフとジャンハイブに向けた。
(何を……)
そのとき、衝撃が二人を襲った。
デルフとジャンハイブには既にそれを堪える程の体力は残っていない。
「ぐっ……」
弾き飛ばされるがその衝撃はいくら待っても止まらなかった。
そして、デルフとジャンハイブは壁に衝突する。
だが、さらに衝撃が続く。
いや、もはやこれは圧力と呼んだほうが正しい。
途轍もない力がデルフたちを壁に押し付ける。
壁は軋みを上げ次第に罅を作っていく。
しかし、それもやがて止んだ。
それと同時にデルフとジャンハイブは飛び出した。
共通の敵であるクライシスに向けて。
ジャンハイブもクライシスが只者ではないことに今の一撃で気が付いたのだろう。
疲労困憊な二人には一対一などという綺麗事を言う余裕はない。
だが、舞台に上がったときデルフに急に重りがのし掛かったように地面に叩きつけられた。
「ぐあっ……」
身体を動かしてみるが全く動かない。
万全の状態ならば力押しで抜け出ることができただろうが今の状態ではそれも不可能。
同じ事が起こっているだろうとようやく首だけは動かすことができ前を見てみるとジャンハイブはクライシスに向かったままだ。
(この技には制限があるのか?)
「副団長……そこで大人しくしといてください。あんたは後だ」
そのクライシスの言葉で気が付いた。
(違う! 狙いは俺じゃない!)
大きく息を吸い込みジャンハイブに向かって叫ぶ。
「ジャンハイブ! 一回引け!!」
その言葉をジャンハイブは素直に受け取りすぐさま後ろに飛ぼうとする。
だが、それをクライシスが許すはずもない。
「させねーよ」
クライシスが剣を抜き魔力を解放する。
「……“
すると、弾き飛ばされるのではなくジャンハイブの身体は引き寄せられていった。
「なんだ!?」
みるみる距離は縮まりタイミングを見計らったクライシスは剣を大きく振った。
ジャンハイブはその剣を左腕で受けようとする。
いや、そう身体が動いてしまったのだ。
今のジャンハイブは魔力が底を尽きている。
「ジャンハイブ!! 躱せ!!」
だが、遅かった。
ジャンハイブは残り少ない魔力を込めただろうが僅かに鱗が浮き出てくるだけでそれもすぐに消滅してしまった。
「なに……」
止まったような時間の流れの中、クライシスの剣がジャンハイブの左腕を通り過ぎた。
剣が通ったところに線が入りジャンハイブの左腕は跳ね飛び宙を舞う。
「ぐあああああ!!」
肘から下を切り離されたジャンハイブは右手で切断面を押さえるが出血量が激しく夥しいほどの血が地面に落ちる。
やがて、膝を落とし必至に激痛に耐えている。
その光景を目の当たりにした観客席から悲鳴や絶叫が鳴り響いた。
それもそのはず、この国の英雄であり王でもあるジャンハイブの手が切断されたのだ。
まさにボワールの象徴が傷付けられたと言ってもいい。
今のボワール国民には恐怖と絶望以外の感情は何一つないだろう。
しかし、ボワールの兵は優秀だった。
もちろん追撃を阻止するため、ブエルを筆頭とした五人の兵士がジャンハイブの前まで降りてきたこともあるがそれよりも国民たちの避難も同時進行している。
次第に絶叫や悲鳴は鳴り止み観客席はフレイシアたちを残して誰もいなくなった。
さすがのクライシスも力量が分からない五人の兵士を警戒したのか後ろに飛んで一回距離を取る。
その最中に右手を突き出し舞っているジャンハイブの左腕を引き寄せた。
「これで一つ目の任務は完了。おい、遅いぞ!」
クライシスが上を向きデルフもなんとか上を向くと上空からさらに黒の全身鎧を着用している騎士が落下してきていた。
しかし、その推測する落下の位置は舞台の上ではない。
(あいつが落下する位置……不味い!)
しかし、動こうにも未だにデルフの動きを阻む重力は弱まっていない。
「グラン!!」
デルフはフレイシアの側に控えている男に向けて大声を放つ。
幸い、観客たちの避難は完了しておりそのデルフの声が鮮明に聞こえたグランフォルは急いで魔術書のページを必至に捲る。
「分かっているが……間に合わねぇぞ!!」
その黒鎧の騎士はすぐ真上まで迫ってきており既に剣を抜いている。
標的は言わずもがなフレイシアだ。
今、グランフォルが詠唱を始めても完了する頃にはフレイシアの脳天に剣が振り下ろされている頃だろう。
フレイシアは首を上に向けてその騎士を眺めている。
その瞳には恐怖や戸惑いは微塵もなく真っ直ぐな眼差しだ。
フレイシアは確信している。
自分に剣が当たることはないと。
第一、フレイシアの護衛は一人だけではない。
剣が振り下ろされたとき桃髪の小柄な女性が二本の短剣でそれを防いだ。
「アリル、見事です」
「ありがとうございます。……チッ、力では負けそうですね。グラン! まだですか!?」
言われずともグランフォルは詠唱を始めている。
「第五章第二項“
詠唱が完了するとグラン、アリル、フレイシアの足下に魔方陣が浮かび上がる。
それも束の間、三人の姿を完全に消してしまった。
存在自体が消えてしまったかのように気配も完全になくなっている。
黒鎧は当たりをキョロキョロと見渡していたが次第に諦めたように制止してしまった。
「……逃してしまったか。まぁいいだろう。そう簡単に取れるとは思っていなかったからな。それに……」
クライシスはようやくデルフに目を向けた。
「“再生”がなくともあんたを倒せば俺らの勝ちは決まったものだ」
クライシスは地面を蹴り身動きできないデルフを剣で突き立てようとする。
(リラ、何とかできないか!?)
『無理じゃ! 慣れない魔力操作のせいで魔力の底が尽きておる』
デルフは何とかならないか頭をフル回転させる。
しかし、クライシスは急に身体を捻り動きを止めてしまった。
だが、それがなぜかすぐに分かった。
クライシスの進行路だったところの地面に針が三本突き刺さったのだ。
同時にウラノがデルフの前に立つ。
「殿、ご無事ですか!?」
「無事とは言いがたい状況だが、何とか命は繋いだ。何とか抜け出したいが……魔力が底を尽いている。少し時間をくれ」
「ハッ。小生にお任せを」
ウラノは片手に針を持ちもう片手に短刀を持ち構える。
「試合を見ていたが……それがお前の本当の実力か。片腕が塞がっている状況じゃ少しきついな」
クライシスは片手で先程切断したジャンハイブの左腕を握っている。
「これは撤退だ……ん?」
クライシスが黒鎧に撤退を告げようと首を動かしたとき動きが止まった。
その目の先にはサフィーとフレッドがいる。
「この感じ、まさか二つ目があるなんてな! おい!」
クライシスの怒声に反応して全身鎧が動きサフィーとフレッドの前に一瞬で移動した。
「フレッド!」
怯えをかみ殺したサフィーの叫び声によりすぐさまフレッドは前に出る。
その瞬間、黒鎧は問答無用で剣を振ってくる。
それをフレッドは片手に作りだした剣で迎え撃つ。
しかし、敵の刀身が急に輝き始めたのだ。
するとフレッドの剣は敵の剣をすり抜けてしまった。
「これは……嵌められましたね」
体勢の崩し為す術がないフレッドに黒鎧は今度こそ本気で剣を振るってくる。
フレッドもデルフとの試合からそんなに時間が経っていないため魔力が大して回復していなかったのだろう。
それほど動きがぎこちなかった。
次の瞬間、フレッドの両手が宙を舞った。
「くっ……」
フレッドは顔をしかめるが逆にそれだけだ。
両腕が切断されたというのに痛みに絶叫や喘ぐことはなかった。
宙に飛んだフレッドの両手は光の粒となって消え去ってしまう。
クライシスはそんな芸当を行った黒鎧に対して驚いていた。
「お前、そんな力もあったのか。まぁ陛下が俺らと同格にするぐらいだからな。それもそうか」
しかし、それを行った当の本人は不思議そうに輝いている剣を眺めている。
クライシスが油断している機会を見逃すことなくウラノは地面を蹴った。
「油断大敵ですよ!」
「ちっ」
クライシスは向かってくるウラノに手を突き出す。
だが、ウラノはそれを察知するとすぐに横に逸れた。
同時にクライシスの手から圧力が一直線に放たれる。
「大方、重力を操作できるのでしょうが……来ると分かれば避けるのは容易いことです」
「めんどくせーな。だが、お前の方が油断してんじゃねーか?」
そのとき、ウラノの周辺の重力が増した。
このままではデルフの二の舞になってしまう。
「しまっ……」
そのときウラノは横に弾き飛ばされる。
「全く、すぐに気を抜く癖は直っていないのですね。チビ」
ウラノの代わりにアリルがその重力の中に入っていた。
それも束の間、アリルは持っていた短剣を回転させ空気の渦を作りだす。
その流れに乗って重力の檻から抜けだしウラノの隣に着地した。
「休憩している暇はありませんよ」
「言われなくとも」
そして、ウラノたちはクライシスに剣を構えた。
「増えたか……。これは本当に不味いな。早くしろ!」
黒鎧はじりじりとフレッドに近づいていく。
だが、フレッドの身に不可解なことが起こっていた。
フレッドの両手の切断面から血が溢れ出ていなかったのだ。
もはや一滴も出ていないと言ってもいい。
しかし、黒鎧は構わずに追撃を行おうとする。
フレッドはない腕を構える。
両手を失ったのは相当な精神的負荷となったはずだがフレッドの瞳に恐怖は感じない。
それどころか平然といつも通りの様子だ。
そして、黒鎧は地面を蹴り姿を消した。
途轍もない速さでフレッドの目でも追いつけていない。
しかし、フレッドはどこから攻められても対処できるように目を瞑り敵の気配を探る。
だが、フレッドは勘違いをしていた。
黒鎧の狙いはフレッドではない。
「まさか!!」
黒鎧は構えるフレッドを無視してサフィーに斬り掛かっていたのだ。
サフィーは向かってくる黒鎧に怯えて腰が抜けてしまっている。
「い、いや……」
そして、黒鎧は剣を突き出した。
だが、それをフレッドが許すはずがない。
それをいなすための手がなくともその攻撃を防ぐことはできる。
その身をもって。
フレッドはサフィーの前に躍り出て剣をその一身に受けた。
「ふ、フレッド……」
「ぐっ!」
血は一滴も出ていないが苦しそうな表情を初めて見せた。
すると、フレッドの身体が淡く光り始めた。
「……限界が来ましたか」
フレッドは最後の力を振り絞り自分を貫いている剣の刀身を握りへし折った。
それを見た黒鎧は警戒し後ろに下がる。
「フレッド! ねぇどうしたの! フレッド! 止めて一人にしないで!!」
「お嬢様、申し訳ございません。私が至らないばかりに。ジョーカー殿、お嬢様をどうか……」
言い終わる前にフレッドは霧散して消え去ってしまった。
「フレ……ッド?」
目が点となったサフィーは口をまごつかせるが言葉が出ずやがて涙が溢れ出る。
だが、敵はそんなサフィーの心中など構わずに再度攻撃を敢行しようと動いた。
敵からすればもはやサフィーを庇う邪魔者はいないのだ。
まさに絶好の機会といえる。
(フレッド……。糞が! なぜ、こんなときに俺は動かない! まるであのときの再現だ! リラ! 何とかできないか!)
『魔力が尽きている以上……』
(あるだろ。魔力の源が。ここに!!)
『……まさかデルフ』
(……ここでやらなきゃ全てが終わる!)
デルフの覚悟が伝わったのかリラルスは渋々と言った声で呟く。
『……一分じゃ。それまでならば耐えられるじゃろう』
(それで十分だ。一分で終わらせる!!)
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