第160話 二回戦

 

「想像以上だったな」

「ええ、まさかあれほどとは」


 一回戦の様子を見て二人は唖然としていた。


 デルフたちが驚いているのはフレッドが見せた攻撃だけではない。


「あの魔力の扱いは見習いたいものだ」


 デルフが言う通りフレッドは完璧に魔力を操作していたのだ。


 屈強な戦士の攻撃を受け止めた際にそれがはっきりと分かった。


 平然に受け止めていたように見えていたが受け止めたとき腕に即座に魔力を移動させて威力を相殺したのだ。

 そして、腕から拳にへと流れるように移動させ攻撃を放った。


「あれは一朝一夕じゃ得ることができない技量です」

「やはり、思った通りジャンハイブだけが強敵じゃなかったな」

「そうですね」


 そう言ったのも束の間、ウラノはじっと見詰めているデルフの視線に気が付く。

 その表情はどこか悪戯な笑みを浮かべている。


「どうしましたか?」 

「他人事のようだが、次はお前の番だぞ?」


 それでウラノもようやく気が付いた。

 もし、今から始まる試合を勝ち抜けばフレッドが次の自分の対戦相手だと言うことに。


「まず初戦を勝ち抜けるかどうか怪しいのですが……」


 ウラノの自信なさそうな様子にデルフは笑う。


 そうこう言っている内に試合開始時刻が迫ってきていた。


「殿、では行って参ります」

「ああ、お前は気ままにやってくれたら良い。アリルの売り言葉に買い言葉だったからな」


 ウラノは一礼して舞台に向かう。


 舞台に上ると既に対戦相手と思わしき男が立っていた。

 先程の戦士に比べれば身体はまだ小さく見える。


 だが、その内側に秘めている筋力を見誤るほどウラノの目は悪くない。


 男はジャンハイブが座る玉座に身体を向け敬礼する。


(どうやらこの方も軍人のようですね。やはりこの大会は元々軍人の強さをアピールするためのもののようです)


 ウラノは気を引き締めて集中する。


「子ども……」


 その男の言葉と視線にウラノはむっとしたが言い返さずに飲み込んだ。


(ここで怒ったら、それこそ子どもです!)


 それよりも女性に間違えられることの方が何倍も屈辱だ。

 それに比べればそんなに苛つきはない。


 そして、お互いが構えを取りゴングが鳴り響いた。


 ゴングの音が鳴り終わらないまま男が動く。

 たちまち距離を詰めウラノ目掛けて正拳突きを行った。


 ウラノはそれを容易に躱すがそれで男の攻撃が終わることなく次々と続く。

 スピードこそあるがウラノに見切ることができない速さではない。


 だが、ウラノは初歩的なミスを犯してしまう。


「ぐっ」


 ウラノの頬に男の正拳突きが直撃してしまった。


 当たってみて初めて気付くこの衝撃はウラノの身体を容易に吹っ飛ばし舞台上を何度も転げる。


(……っ。小生としたことが何というミスを……)


 ウラノはつい癖で敵の攻撃を小刀によって防ごうと動いてしまった。


 当然、現在ウラノは小刀を持っているはずなく持とうとした手は宙を掴んでしまい気が付いた時には頬に拳が当たっていたのだ。


(今思えば小刀と毒針なしで戦うのはこれが初めてですか……。ですがこれは良い機会です。武器を失ったときの戦い方を確立するチャンスと捉えることもできます)


 ウラノは静かに深呼吸をし目の前の敵に集中する。


 敵はウラノが立ち上がったことに少しを目を見張っていたがすぐに構えを取った。


 目の前の男は一回戦の戦士より小さいと言ったがそれでもウラノよりは一段と高い。

 男にとってこの戦いは子どもを相手取っているように感じていただろう。

 だが、ウラノのタフさをしり子どもに見えるのは見た目だけと気を引き締めたようだ。


(ここからが本番と言うわけですね)


 そして、男は先程と同様に距離を詰めてきた。

 しかし、変わった点が一つあった。


(はやっ……)


 ウラノの目の前に来た男が放った攻撃は正拳突きではなく拳を鞭のように何度も振ってきたのだ。


 しかし、表面を叩くのではなくしっかりと内側にまで響いてくる。


(なるほど、どうやら武術に秀でている方なのですね)


 その流れる動作から喧嘩やただの鍛錬では身につかない。

 そもそもそれほど勢いがなさそうな腕から正拳突きと大差ないほどの威力を出してくることから明らかだ。


 だが、それを理解したからと言って完璧に防ぐことができるのかと言えばまた別だ。


 ウラノは防ぐことだけに集中し攻撃を返すことができていない。

 それどころか防御が間に合わずにただひたすらに打ち身を身体に作り続けている。


(このままでは不味いですね……)


 ウラノの普段の武器は知っての通り小刀と毒針を駆使した戦い方だ。

 それから一撃必殺を旨に置いている事が分かる。


 使える魔法も殆どが諜報メインで攻撃に転じることができる魔法はない。


 こうして面と向かって戦うことをウラノの戦闘スタイルは想定していないのだ。


 相手が作る攻撃と攻撃の合間の僅かな隙に潜り込ませることができる技はウラノの懐にはない。


 いわば攻撃を受け続けているこの状況はウラノにとって絶体絶命なのだ。


(ですが、武器がないから、面と向かって戦うことは不利だから。そんなこと言い訳にすらなりません)


 それもそのはず、ウラノの役目はデルフを補佐すること。


 つまり、具体的には決戦のおり最大の敵である天騎十聖の足止めになる。


 今、目の前で攻撃を放ち続けている男よりも数倍、下手をすれば数十倍の実力を持っている猛者たちだ。


 この相手に手こずっているようではデルフの役に立つことができない。


 それに、とウラノはフテイルでの戦いについても思い出す。


(あのとき、殆どアリルに任せきりでした。小生の攻撃ではダメージを与えることすら怪しかった)


 あのラングートという恐らく天騎十聖の中では下位に位置する者に対してもウラノの攻撃がそれほど効いた様子はなかった。


 ウラノができたのはアリルの時間稼ぎ。


 今までならば自分の役割はまた別と割り切っていたがそれはもうできない。

 自分はデルフの一番の配下であるという自負がもうそれを許さない。


 ウラノも変わるときが来たのだ。


(殿はこの大会は気ままにやってくれたらと言っていましたがそれでは小生の面目が立ちません)


 そして、ウラノは新たな魔法を発動させる。


「“感覚加速センスアクセラレート”!!」


 発動させると同時にウラノは敵の線を描いていた腕を掴んでいた。


「なに!?」


 自身の攻撃を見切られると思っていなかった男はそこで初めて驚きから声を上げた。


 ウラノは腕を掴んだまま飛び上がり男の顎に膝をぶつける。


 腕を取られている男に防ぐ手段はなく上に打ち上げられる。


 しかし、大して効いている様子はなく平然と着地した。


(まだ、足りないですか)


 次は男が再び距離を詰めて同様の攻撃を繰り出してきた。

 だが、ウラノの身体は反応速度が桁違いに上がっており全てをいなす。


 ウラノが使った“感覚加速”は己の感覚を最大限までに上昇させる魔法だ。


 相手が動いたときに生じた空気の揺れや音などから動きを察知して身体を強制的に動かす。


 この魔法を発動している間、奇襲や速度主体の攻撃はウラノには通じない。


 だが、欠点もある。


 感覚を研ぎ澄ましていると言うことは痛覚も敏感になっている。

 つまり、些細な攻撃からでも生じる痛みが倍増するということだ。


 それが自身の攻撃から生じた衝撃でも同じだ。


 男が攻撃の所作を取った瞬間にカウンターを繰り返す。


 実際には目で見える負傷は負っていないが訴えかけてくるような痛みから重傷であると錯覚してしまう。

 さらには敵から受けてできた幾つもの打ち身の痛みも激痛へと変化している。


 しかし、ウラノは痛みを気にもしていなかった。


(相手の攻撃の無力化には成功しましたが、威力が足りない)


 短刀と毒針があれば威力の面を考えなくても済むが生憎と今の手持ちにはない。


 それに今は武器なしの状態でどう戦うかという課題をこなす場だ。


 ウラノは両手に魔力を纏わせる。


 これで少しは威力が上がるがそれでも一撃で倒せるほどではない。


 だが、ウラノはこれでいいと考える。


(小生は無理して一発の威力を高めるよりも手の数で勝負する方が向いている)


 一発の強さを求めることを悪いとは思っていない。


 ただ、自分のスタイルとは相性が悪いと思えた。


 最後の一撃の強さを求めるのは頷けるが一発一発の強さはウラノに向いていない。


 本来の小刀による戦いの中で上手く織り込ませる方法を思いつかない。

 しかし、だからといって小刀を捨てて攻撃を繰り出すのは本末転倒だ。


 そもそもそれほどの力を得るまでの労力を考えると間に合わない。


 しかし、今から行う攻撃は話が別だ。


 今度はウラノから動き怒濤の連撃を繰り出す。


 そして、ついに立場が逆転した。


 男はウラノの攻撃に防戦一方となりしかも防御が間に合っていない。


 腕に纏った魔力は“気光刀きこうとう”の要領で行っているがそれに比べると一発一発はそれほど重くはない。


 しかし、それが積もりに積もれば話は別だ。


 徐々に男の動きがウラノの連続する攻撃によってではなく蓄積されたダメージ量によって鈍くなり始めた。


 対してウラノも“感覚加速”による弊害で自身の攻撃の些細な反動でも激痛が襲ってくる。


 激痛に耐えるのが限界を超えたウラノは後ろに退き“感覚加速”を遮断する。


 すると、今まで感じていた痛みが嘘のように消え去った。


 しかし、今まで痛みに耐えていたという事実は残っておりどっと疲労感が襲ってくる。

 それでもウラノはすぐさま最後の攻撃に移す。


(殿のお力、お借りします!)


 ウラノは一直線に男に向かっていく。


 愚直に攻めてくる様を見てそれは甘すぎると男は思っただろう。


 なぜなら男はダメージが蓄積されて動きが鈍っているとはいえウラノの攻撃を防ぐ余裕はまだある。


 むしろ今が止めを刺すチャンスだと反撃を狙っているだろう。

 ウラノの動きに集中し続けていることがよく分かった。


 しかし、それがウラノの思うつぼだ。


(今!)


 真っ直ぐ向かうウラノは途中で思い切り地面を踏み抜いた。


 すると、舞台に罅が入り崩れた岩の破片と砂埃がウラノの周辺を舞う。


 もしかすると今何かしたのではないかという警戒から男はその地面に一瞬だけ目を奪われてしまった。


 その一瞬が命取りだ。


 その隙にウラノは踏み抜いた衝撃を利用して男の背後に回った。


(見様見真似……“死角しかく”です!)


 これはデルフの得意技でありその名の通り相手の死角で自分の姿を隠し敵の背後に回るという技だ。


 デルフならば自身の速度だけでまるで消えたかのように移動することができるがウラノには難しく地面を思い切り踏むことで敵の注意をそれに逸らしてようやく真似ができた。


 男の背後に回ったウラノ。


 男はまだ気が付いてはおらず消えたウラノの姿を必死に探している。


 こうなってしまえばもはや勝利は決まったもの。


 ウラノは片手に魔力を集中させる。


 そして、敵の首元に的確な手刀を浴びせた。


 すると男は何か分からないまま静かに地に伏せてしまった。


 同時に玉座に座るジャンハイブが手を上げ終了のゴングが鳴り響く。


「ふぅ、何とかなりました。武器がないだけでこれほど苦戦するとは……」


 本当の殺し合いならばまだ容易に倒せたであろうがそれを言ってはきりがない。


 自身のこれからの課題を見つけて良い経験になったと切り替えてウラノは尊敬する主の下に戻っていく。

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