第136話 次への相談

 

「フテイル様はもう相当なご年齢だろ。凄まじい活力だな。とても老人とは思えない」

「そこまでナーシャ様の存在が大きかったのであろう。ここの話、フテイル様は弱気になられていた。後継ぎの問題並びに仰いでいたハイル様がお隠れになったこと」


 タナフォスはそのときの事を思い出したのか表情を少し暗くさせる。


「しかし、先行きの不安があっという間に解消されあのように元気な姿をお見せになられるとは。某の苦労はなんだったのやら」


 そう苦笑しながら言うタナフォスだがその顔には安心の一文字が浮かび上がっているように見えた。


「それで話というのは?」

「うむ。それは此度の敵についての話をそなたから聞いて置きたかったのだ」

「ああ、いいぞ。でもお前なら本陣からでもよく見えていたんじゃないか?」

「ある程度はだが。しかし、観察だけでは見落としもあるやもしれぬ。サロクやナーシャ様からは既に伺っている。そなたの意見も取り込んでおきたいのだ」

「確かにな」


 タナフォスも敵が強大であることはデストリーネ軍を目の当たりにして確信に変わったのだろう。


 全ての情報を集め吟味する周到さを見ると恐ろしく感じる。


(だけど味方ならこれほど心強いものはないな)

『デルフが絶賛するほどの武士と聞いて見ておったが……中々じゃの。できることなら腕前も見てみたいが……』

(よせ、タナフォスは自分でかけたとはいえ呪いを身体に宿している。万が一、何かあれば優れた味方がいなくなってしまう。それにこの戦い……この男がいなければこちらに勝ちはないだろう)

『そこまでか……ふふふ面白いのう。私はそこまで見抜けなかった。これからが楽しみじゃ』


 そして、デルフは最初に強化兵についての説明を行った。


 前提として強化兵は人間に動物を魔物化させる“悪魔の心臓デモンズハート”を取り付けられていることを初めに説明する。


「とは言っても俺は相手が何かする前に倒してしまったけどな。本当は何をするか見ておきたかったのだがそんな余裕はなかったんだ」

「あの状況ならば仕方ないだろう」

「ウラノたちの話によると身体の形状を変え魔力の性質を変化させたと言っていたな」

「某もサロクとナーシャ様らの話を伺ったが、まずはサロクが相手した強化兵は筋肉を増幅させ肥大化したと聞いた。そして、ナーシャ様たちの相手は背中から触手を生やしそれから光線を放ったらしい」


 それを聞いてデルフは即座に灰にして良かったと胸をなで下ろす。


(あれらだけならば問題ないがあの魔物の数は骨が折れた)

『デルフ……何度も言うが私の“黒の誘い”は多用してはならないぞ。今回の戦いは使いすぎじゃ。メリットしかない技などはないと思った方がいい』

(そうも言ってられないさ。でもリラルスの言いたいことは分かる。俺も何も成し遂げないまま消えるつもりはない)


 リラルスはまだ何か言いたげだったがデルフは構わずにタナフォスに意識を向ける。


「肥大化、光線、魔力の性質の変化、現時点で三種類か」

「これで全種類なのか分からぬが一先ず増強型、放射形、変化型の三種類と定めておくとしよう。いずれにしても強化兵の脅威は本物であることには変わりはないゆえ武将たちの危機意識を煽っておいた方が良いであろうな」

「そうだな。あれが何百もいれば国を壊滅させるのは簡単だろうしな」

「魔物の他にとんでもない隠し種があったものだ。前向きに考えれば現時点でこのことを知れたのは僥倖ぎょうこうと言える」


 そして、次は天騎十聖についての話に変わった。


「今回、表に出てきたのはまだ無名のラングートと魔術団長カハミラであったか」

「ああ、カハミラは以前に確認している。総団長であるウェルムの次に注意しなければならない相手とも言える存在だ。すまないが俺もこれ以上の情報はない」

「ふむ、未知は敗北する要因の一つ。間者を送り込み天騎十聖とやらを調べるとしよう」


 タナフォスは手を顎に当てて深く考え込む。


 デルフは続けてラングートについても自分が知ることを説明する。

 とはいえそれも些細な情報でしかないが。


「アリルから聞いて思い出したが数年前にあいつは死んでいる。恐らく、ウェルムの魔法によって蘇ったのだろうな。ウェルムの魔法は魂魄魔法と言ってその名の通り魂に影響を及ぼす魔法だ」

「敵は人の生死を操るのか……まさに神の所業。強敵であるな」


 強敵と簡単に言える当たりタナフォスも相当な胆力と言えるだろう。


「天騎十聖で一番下っ端であるラングートを相手に疲労していたとはいえアリルとウラノの二人がかりでもやっと追い詰めることができたが敵にはまだ余力を残している節が見られた。敵を過小評価していたのは俺だったことを痛感させられた」

「ふむ。某も見ていたがあれは敵の油断が大きかっただろう。次は一切の油断はないと思った方が良いだろう」


 デルフは頷く。


「……我が国の武将たちには単独で強化兵を相手に容易く打ち勝つように鍛錬を積ませねばならぬな」


 表情を変えていないタナフォスだがその言葉を発したときデルフは背筋に悪寒が走った。


(殺気では……ない。それなのにここまでか……流石だな)


 その後、しばらく相談が続きそろそろ宴の席に戻ろうかと考えていたときタナフォスが尋ねてきた。


「それでデルフ。そなたは次に何処を向かうつもりだ?」

「ボワールに向かおうと考えている」

「理由を聞かせてもらえぬか?」


 ここから南に行けばシュールミットという大国があるというのに南東のボワールを先に向かうということをタナフォスは疑問に思ったのだろう。


 もちろん、デルフはなんとなくなどの理由でボワールに行くことを決めたわけではない。


「ボワールにはジャンハイブという紋章持ちがいる。敵は一番にフレイシア様を狙ってくると思うが各地を移動し続ける限り居場所は掴めないだろう。掴めたとしてもその場にはもう立ち去っている。そうなると場所が掴めている紋章を狙ってくるはずだ」

「それでボワール、その英雄か」

「ああ、紋章持ちで一番有名なジャンハイブを狙うはずだ。その紋章を敵に奪われる前に速やかに排除したい。それにジャンハイブを狙うとなると天騎十聖の誰かが出向いてくると考えている。運が良ければその排除もできる」


 ジャンハイブの実力は本物だ。

 一回、刀を交えたデルフにはよく分かっている。


 ジャンハイブならば強化兵も容易く屠ることが可能だろう。


「しかし、あくまで紋章の排除を優先する。多少手荒な手を使ってでもな」


 “同化”の紋章を持っているとはいえ“再生”がない以上、ウェルムが能力を複数持つ天神クトゥルカムイへと戻ることはない。


 それでも敵に紋章を易々と手に入れさせるわけにはいかない。


 打てる手は打っておく。

 それがデルフの考え方だ。


 しかし紋章の排除、つまりジャンハイブと事を荒げることになる。

 英雄であるジャンハイブに手を出せば国も黙っていないだろう。


 しかし、敵視されるのはデルフではない。


「なるほど、その所業を全てジョーカーに、つまりデストリーネに負って貰うわけか。もし敵が襲撃を行えば尚更」

「ああ。加えてフレイシア様の協力要請を受けてもらいたいが最近に戦争した仲を考えると難しいだろうな」


 今のデストリーネに加担しないようにするだけでも及第点とデルフは考える。


 しかし、タナフォスは少し考え込みようやく口を開いた。


「そうとも限らぬ。ジャンハイブという男次第ではあるが」

「どういうことだ?」 

「言い忘れていたようだ。ボワールに向かうならば一つ耳に入れて置いた方がよい話がある」


 視線で続きを話すように促すとタナフォスは驚きの一言を放った。


「少し前にボワールで革命が起こり現在はそのジャンハイブが王座に就いている」

「は?」

「ボワールは自国の民に多大な税を課すなどの圧政を強いていた。それに立ち上がったのがジャンハイブだ。その革命によって王国の闇は霧が晴れるようになくなった。人々はそんなジャンハイブのことをこう呼んでいる。英雄王ジャンハイブと」

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