第94話 明かされる真実
ウェルムは何も変わらないいつも通りの様子で微笑んでいる。
「……ウェルム」
にこにこと笑顔を向けるウェルムだがよく見ると部分的に黒のローブが裂けておりその奥にある傷は決して軽くはない。
考えて見れば騎士団長ハルザードと死闘を行ったのだ。
負傷していて当然だと言える。
むしろ、そのような怪我を負ったにもかかわらず平然としているウェルムが異常だ。
「そろそろ来る頃合いだと思っていたよ」
そのときデルフが吹っ飛ばしたジュラミールが瓦礫を掻き分けて壁に開いた穴から出てきた。
デルフの蹴りを直撃したというのに衣服に埃が付いているだけで平然としている。
「ジュラミール。手は出さないでよ。まだね」
ジュラミールはそう言うウェルムを見た後、一回軽く頷き壁に背中をつけてもたれかかった。
「じゃあ、デルフ。何から聞きたいのかな。……まぁ、まずはあのとき言った僕の夢のことから話そうか」
ウェルムはデルフに同意を待たずに話し始めた。
デルフは視線を少し後ろにやりフレイシアを見る。
フレイシアはまだ身体が震えて怯えているようだがデルフが目を向けていることに気が付いて力強く頷いて見せた。
(フレイシア様はまだ大丈夫そうだ。しかし、状況が不味い)
戦うとしてもフレイシアを守りながら戦うのは難しい。
それに相手は二人だ。
一対一を得意とするデルフには最悪の状況。
敵が雑兵ならば数の差は混乱を促すことができ願ったり叶ったりだが二人の実力は未知数だ。
ただ、ウェルムに関して言えば騎士団長であるハルザードを打ち負かしている。
ハルザードを超える実力を持つウェルムを倒すことすら怪しいのに二人同時に掛かってこられると勝ち目はない。
ましてや、デルフはまだ一度もウェルムに勝ったことがないのだ。
ウェルムはジュラミールを止めたがいつジュラミールが痺れを切らすか分からない。
デルフはジュラミールの警戒を欠かさずにウェルムの話を聞くことにする。
その際にもこの不利な状況を看破できるような術を探ることも忘れない。
「僕はね。平和を目指しているんだ」
「平和?」
デルフはウェルムの言葉に疑問を感じついに言葉に出してしまう。
(平和だと?)
デルフがそう感じるのもそのはず、この現状を見る限り正反対のことをしているようにしか見えない。
ウェルムは構わずに説明を続ける。
「デルフ、この戦乱の世の中をどうすれば治めることができると思う? ……それはね統治者の存在さ」
はなからデルフの答えを聞く気はないのか質問しといて間髪入れず自分で答えるウェルム。
「この世には全てを治める統治者が存在しない。だから、各地で戦争が起こってしまう。もちろん各国には王という統治者がいる。しかし、それは部分的なもの。だから僕が全ての統治者になる。そうすれば戦争なんて起こらない。そのためにはどのような手段も厭わない。邪魔になるものがあればたとえ誰であろうと排除する」
デルフは理解が追いつかずただ黙って聞く。
「僕がまず目をつけたのはこのデストリーネ王国。僕一人じゃできることも限られているからね。必要だったのは兵の数と発言権。そのために地位の向上は必要不可欠だった。それがないと内密に何も準備ができなかったからね。カハミラ団長にも悪いことをした」
「……カハミラ団長だと? まさか!?」
「うん。僕が殺したよ」
さも当然というようにウェルムはあっさりと認めた。
「上がいると動きにくいしさっき言ったように早く地位が欲しかったからね。カハミラ団長は若くして優秀すぎた。僕の計画にもいずれ気付いただろう。だから早めに退場をしてもらったよ」
ウェルムは一度言葉を区切ってさらに続ける。
「まぁ、それも大分苦労したけどね。失踪や殺人だと話題になってしまう。僕が殺したのではないかと噂が立てば動きにくいからね。どうしようかと思っていたときにあの殺人鬼の騒動だ。あれは本当に丁度良かった。おかげでこの通り団長に登り詰めたよ。そして、誰も僕を怪しむ素振りすら見せない。最高の隠れ蓑さ」
そこでウェルムは咳払いをする。
「話が逸れてしまったね。統治者になると言ったけど具体的な方法は絶大な力を見せること。このデストリーネ王国が覇を唱える。その僕の夢にデルフ、君の力が必要だ。僕を手伝って欲しい」
「聞きたいことがある」
「なんだい?」
「絶大な力を見せると言ったが各国が従わなかったらどうする?」
「簡単な話さ。従わないなら滅ぼすまで。しかし、いつか僕の力の前に全員がひれ伏すことになるだろう」
悪戯な笑みを浮かべたウェルムは徐に自分の左手を上げた。
すると、外で飛び交っていた怪鳥の一羽がウェルムの前にまで飛んできて平伏した。
「僕にはそれをできるだけの力がある。これはほんの一部だよ」
デルフは目を疑ったがすぐに理解した。
ウェルムは魔物を完全に支配している。
「魔物を……お前の研究は成功していたのか。それで今回の騒動も」
ウェルムはにやりと笑うだけだ。
「それでどうだい? 僕の話に乗るのかな?」
デルフは決断を迫られていた。
デルフとしても平和を求めている。
ウェルムの方法が実を結べば確かに戦争はなくなるだろう。
それにここで断ればウェルムとは完全に敵対することになる。
そうなればデルフはこの負けの決まっている戦いに興じなければならない。
デルフはもう一つ確認したいことがあった。
「ウェルム。フレイシア様をどうするつもりだった?」
ウェルムは不思議そうに首を傾ける。
「フレイシア? ああ、そこの王女様にはハイル陛下と同様に消えてもらうつもりだよ。そして王位にはジュラミールに就いてもらう。だから正統の後継者となった王女様は邪魔なんだ。僕の計画に。ようやく実の結ぼうとしている計画をしょうもない理由で頓挫したくないからね」
その一言が、その一言だけでデルフの気持ちは固まった。
デルフはウェルムの言葉で身をすくませたフレイシアを安心させるように前に立った。
そして、デルフは強い眼差しを持って刀を握りしめる。
「悪いがウェルム。その申し出は断らせてもらう」
その返答を予測していたのかウェルムはくすくすと笑っている。
「デルフ、君はそんな値打ちのない小娘のために命を捨てるつもりなのかい?」
「フレイシア様はいずれ立派な王となられる御方だ。お前には分からないだろうが俺はそう確信している」
「デル……フ……」
フレイシアが掠れた声で呟く。
「それに、確かにお前の言ったやり方なら戦争はなくなるだろう。しかし、それは決して平和ではない。俺はもう……お前を信じることはできない」
しばらくしてウェルムは大きく溜め息をついた。
「デルフ、君の気持ちは良く分かった。僕も無理強いはしないさ。いや、むしろそっちの方が有り難いよ。君を助けたいと思っての提案だったんだけどね。まぁいいや、それじゃ今から君と僕は敵だ」
そして、ウェルムの雰囲気が一変した。
微笑みの奥に隠された真っ暗な闇。
それが一気に顔を出し始めたような不気味な圧がデルフに襲ってきたのだ。
「そうそう、デルフ。あの日記は読んだかい?」
突然の質問にデルフは少し戸惑う。
日記と聞いて思い出すのは挑戦の森の奥深くにあるログハウスの中にあった物だ。
「日記……なぜお前が知っている?」
「やっぱり……最後までは読んでないんだね。あの日記はね。実は僕のものなんだ」
「な……!!」
デルフの頭の中はずらーっと今までの出来事を清算するように駆け巡っていく。
「なんでそんなところに行かせたと言う顔だね。まぁそれは君がここにいたら邪魔だったからさ。先生と君が同時に掛かってこられたら僕でも勝てる自信がなかった」
さらにウェルムは言葉を続ける。
「そして、もう一つは答え合わせ」
「答え合わせ?」
「まだ気が付かないの? 考えてみなよ。あの日記が僕のものだと分かったら見えてくる事実を」
すぐに真実に辿り着きデルフは目を見開いてウェルムを凝視する。
「君は僕が魔物を支配できるようになったと思っているようだけど支配できるようになったんじゃない。あれは僕が作りだしたんだ。始めから支配できるようになっているんだよ」
デルフは声が出なかった。
いや、出せなかった。
今までの考えをぶち壊されたような驚きで自分でも何が何だか考えがまとまらなくなった。
「実は僕はね。元々、サムグロ王って呼ばれていたんだ。しかし、それもまた仮の姿。本当はもっと昔の人間。そんな僕が得意としていた魔法は
デルフにはどんな魔法か全く分からなかった。
それ以前にウェルムの言葉の一つ一つが十分に考える時間がないと理解できない。
それに応えるようにウェルムは説明をしてくれた。
「便利な魔法さ。たとえ死んでもいつかは別の身体に僕の記憶が宿る魔法や今みたいに魔物を支配するなど魂を自在に操ることができる。条件は色々面倒くさいけどね」
普通に出回っている魔法とは規模が遙かに違う。
本当にそんな魔法があるのかとデルフは疑ってしまうほどだ。
しかし、目の前のウェルムが嘘を言っているという可能性は低い。
「ククク。そう言えばデルフに分かりやすい例があったね。例えば……死んだ大きな狼に乗り移って村を襲うことだってできるんだよ?」
「……なんでお前がそれを……どういうことだ」
するとウェルムは自分の右手をローブの中から出して付けていた手袋を放り捨てた。
そして、その甲をデルフに見せつける。
「あのときはありがとう。誤算もあったけどそれ以上に君には色々とプレゼントをもらったよ」
その甲にあったのは赤い円に線が一本入った紋章だった。
ウェルムの右手の二の腕のところには生々しい縫った痕がある。
それはカルスト村の悲劇の際に巨狼に喰われてしまったデルフの右手だった。
「ウェルム……お前……お前だったのか!!」
気が付けばデルフは飛び出していた。
そして、刀を勢いよくウェルムに目掛けて振り下ろす。
それに合わせてウェルムも剣を抜き振り抜いた。
お互いの武器が交差しあい剣戟の怒号が鳴り響く。
あまりの衝撃の強さに波動となって小さな礫は吹き飛ばされフレイシアの髪は靡いた。
フレイシアは手で飛んでくる礫から目を守りなんとかデルフとウェルムの様子を見続けている。
「デルフ、あの村と君には本当に感謝しているよ。魔物の実験とこの右手の能力のおかげで僕の計画はようやく完成する」
お互い、武器に力を入れ続け軋む金属の不快音が鳴り響く。
「ウェルム……お前は……お前だけは!!」
「そういえば僕もね、デルフ。一つだけ君に借りがあるんだ」
そう言ってウェルムは右手で自分の右目の眼球に近づけていき触れた。
しかし、眼球と手がぶつかった音はコツコツと奇妙な音が鳴った。
そしてウェルムはその眼球に指を突っ込んで平然と取り出す。
「な……」
驚きの衝撃からデルフの刀に入れていた力が緩む。
ウェルムは笑いながら真っ直ぐデルフを見た。
無理やり出したのにもかかわらず血は出ていない。
いや、そもそも怪我なんてない。
ただ、ウェルムの目の中は空洞となっていた。
「安心してよ。これは義眼だから。あのとき君の突きの一撃は強烈だった。乗り移っていたのに……まさか魂その物に傷を付けるなんてね。いくら治癒魔法を施してもついに治ることはなかった」
ウェルムは満面の笑みを浮かべながら言葉を発する。
「だけどね、借りなんて言ったけど別に恨んでなんかいない。君からの贈り物はそんな怒りすら吹っ飛ぶ程の代物なんだ」
ウェルムは義眼を空洞となった右目に嵌める。
そのとき均衡していた力に綻びが生まれた。
ウェルムの力が急激に強くなったのだ。
「見せてあげるよ。
デルフは警戒して後ろに飛び退いた。
「はぁはぁ、なんだ……」
デルフの身体は先程から急激に熱くなり息切れが激しくなっていた。
挑戦の森から走り続け、いまだ混乱している頭。
それは既に心身共に疲弊している表れなのだろうか。
デルフは静かに構え直す。
「それでも、俺はお前を止めてみせる」
その言葉をウェルムは一笑に付した。
「僕を止める? 君には無理だよ。唯一の障害だったジョーカーも死んだ。止めるなんて軽い気持ちでは勝負にすらならないよ。そうそう、各国を平伏させて平和を実現させるなんて言ったけどあれは嘘だ」
ウェルムの不気味な笑顔はさらに深まる。
もし悪魔がいるとすればそれはウェルムを指すだろう。
「降伏なんて認めない。皆殺しさ。この世界はもはやゴミだ。全てを作り直さないと平和なんて叶うはずがない。君の甘さ加減にはもううんざりだよ! せめて僕の役に立って死んでくれ」
そうしてウェルムは距離を離したはずのデルフに瞬く間に近づいてくる。
そのときデルフは気が付いた。
ウェルムが負っている傷から黒い何かが滲み出ていることを。
「あれは……」
しかし、今は気にしている場合ではない。
デルフは一旦考えを捨て刀に集中しウェルムを迎え撃つ。
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