第64話 もう一つの戦場

 

 デストリーネ王国の東に位置するデンルーエリ砦の中の一部屋。

 五番隊隊長であるイリーフィアは椅子に座り紅茶が入った白いカップを口に近づける。


 椅子は一般成人を想定したものであり見た目が幼いイリーフィアの足には高すぎてぶら下がっている。


 口に含んだ紅茶を深く味わい一瞬だけ至福を味わっている表情を見せたがすぐに不機嫌そうに顔をしかめた。


 足をジタバタさせ側に控えている側付きの騎士であるジョイルを睨み付ける。


「あのおじさんいる。私、必要ない。行ってもいい?」

「駄目です」


 ジョイルは掛けている眼鏡を人差し指でくいっと上げきっぱりと言葉を返す。


 すると、さらにイリーフィアは機嫌を損ねてしまい不貞腐れてしまった。


「クル、が心配。私が、行かないと。……ジョイル嫌い」

「がはっ!」


 ジョイルに自分の胸に何かが突き刺さるような感覚が襲う。


 四番隊の敗走を聞いてからイリーフィアはずっとこの調子が続いている。


 紛らわすために別の話に変えたとしても到達地点は結局この話に戻ってしまう。


 親族の心配は分かるのだがイリーフィアは五番隊の隊長でありジョイルはその補佐をする役目がある。


 心苦しいが立場上、ジョイルは頷くことはできない。

 ジョイルにできることは言葉で安心付けさせ一刻も早くこの戦いを終わらせる努力をするしかない。


「団長たちが向かいましたので大丈夫ですよ。僕たちはジャリムを追い返すことだけに集中しましょう」


 むむむ、と唸った後イリーフィアは渋々納得して言い返すことはなかった。


 イリーフィアは窓から外の様子を眺める。


 それなりに距離はあるがそこにはジャリムによって大きな陣営が幾つも作られていた。


「まだ、動かない」

「そうですね。まだジャリムに動く気配はないようです。何か待っているのでしょうか? ふふ、それよりも先にノグラス隊長が痺れを切らして動きそうですけどね」

「動くなら、早く」

「どうしてです?」

「終わらして、クルのところ行く。クルにはお姉ちゃんが必要」


 結局、この話に戻ってしまいジョイルは思わず溜め息をつきそうになるが必死に堪える。


「あなたは隊長です。お願いですから自重してください。せめてこの戦いが終わるまでは……本当にお願いですから」


 イリーフィアは自由に動けない煩わしさに机に顔を突っ伏してしまい不貞寝を始めた。


 そのとき、部屋の外から大きな足音が響いてきた。


 イリーフィアも気が付いているだろうが気付かぬふりをして顔を机に伏せたままだ。


 できることならじたばたさせている足を止めて寝るふりを完璧にして欲しい。


 そして、扉がノックはなく思い切り開かれた。


 そこからイリーフィアとは全く正反対の巨躯が姿を見せどしどしと歩いてくる。


 彼こそが一番隊隊長であるドリューガ・ノグラスだ。


 薄い金の髪を後ろに束ね険しい顔をしながら視線を動かし不貞寝をしているイリーフィアを見つけると一方的に話し始める。


「小娘。我は出る。時は満ちた。お前はここで見物でもしていろ」


 しかし、イリーフィアはまだ拗ねているのかドリューガの言葉にさえも耳を貸さずに不貞寝を続けてしまっている。


 それでもドリューガは何も気にせず話は終わりだと言わんばかりに背を向けて立ち去っていく。


(えっ? まさかこれで終わりですか!?)


 この情報量だけではお互いに齟齬を来す可能性があると考えジョイルは去って行くドリューガに声を掛ける。


「すぐに部隊を編成しますので少し時間を頂けますか?」

「いらん」


 ドリューガは歩みを止めずに背を向けたまま答える。


「えっ?」


 その言葉が理解できなかったジョイルは思わず聞き返してしまう。


「我、一人で十分。他は邪魔だ」

「は、はぁ」


 それだけ言い残しドリューガは外へ向かって行った。


 ジョイルは開けっ放しになっている扉を閉める。


「本当に大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫。危なかったら援護する」


 ジョイルは独り言のつもりだったが不貞寝を止めて顔を上げていたイリーフィアが無表情のままそう答える。


「しかし、意外と律儀な人ですね。てっきり報告もなしに突っ走る人と思っていました」

「王様からの勅命。勝手にする。許されない。おじさんにとって王様は絶対」


 あなたは勝手に行動しようとしていましたよねと声に出しかけたがジョイルはぐっと我慢して心の奥にしまう。


 イリーフィアは椅子から飛び降りすたすたと扉に向かっていく。


 扉を開けると背後に立っているジョイルにじーっと視線をぶつける。


「ジョイル。何してる。準備する。早く」

「は、はい」


 ジョイルは小走りしてイリーフィアのすぐ後ろにつき準備を始めるため共に移動を開始した。


 


 デンルーエリ砦の前方に陣取ったジャリムから鐘の音が鳴り響く。

 それは敵襲を伝えるものである。


 しかし、陣から飛び出したジャリムの兵士たちは動揺を隠せなくざわめきが生じる。


 デンルーエリ砦から出てきたのはたったの一人であったからだ。


 その男の風貌は奇抜で不気味。


 ジャリムの兵士たちは戦いてしまう。

 しかし、それはデストリーネ王国騎士団一番隊隊長のドリューガ・ノグラスであることに気が付いたからではない。


 顔全体を埋め尽くす鉄仮面の威圧に狼狽えているのだ。

 そもそも鉄仮面のせいで誰だかは判別できない。


 ドリューガはその鋭い瞳でジャリムの兵士を睨み付ける。


 仮面の口元には丸い空気穴が幾つもあり距離が大きく開いているのにもかかわらずジャリムの兵士たちにはそこから漏れる呼吸の音が聞こえたように感じた。


 その不気味さからしばらくの間ジャリムの兵は何も動けずにいる。


 特にドリューガの両腕には自分の腕よりも遙かに大きい籠手を装着していた。


 その籠手は鉄で拳を精密に再現されておりその大きさは自分の拳よりも一回り二回りも大きい。

 普通に立っているだけ何もかかわらずその拳は地面を引きずっているほどだ。


 籠手の腕の部分だけでドリューガの腕全てがすっぽりと嵌まっており拳の部分までは届いてない。


 それでは拳を形作る意味はない思うがこの籠手はデルフの義手を基本にドリューガの希望通りに改良したものであり魔力を流せば自由に動かすことができるのだ。

 動かすには魔力はもちろん筋力も桁外れでなければならないが。


 ドリューガはジャリムに準備をする時間を与えるようにゆっくりと迫りつつあった。


 ジャリムの兵たちは我に返り即座に準備を整え陣から次々と飛び出す。


 ジャリムは何組もの豪族が集まって成り立った国のせいか騎馬隊で有名だ。


 歩兵は一人もいなく全ての兵が馬に乗っているためその突破力は凄まじく相手を混乱に陥れてしまう。


 そして、ついにデンルーエリ砦にて戦端が勃発した。


 砦に一番近くにある陣の中からジャリムの騎馬隊が一斉にデンルーエリ砦に突撃を開始する。


 ジャリムの兵の姿は上半身が殆ど半裸で極めて動きやすそうな格好をしている。

 防御を全て捨て機動力のみに全てを注ぎ込んだ格好だ。


 身体には何やら宗教的な入れ墨が至る所に彫ってある。


 ジャリムと敵対する国々ではジャリムの兵のその容姿から蔑称として蛮族と呼ばれている。


 兵たちは全員槍を片手で持ち上げながら馬を進める。

 腰には予備武器である剣が携えてあり入念さが伺えた。


 そのとき、ドリューガが動いた。


 ドリューガは持ち上げることは不可能と感じる両方の岩のような拳が振り上げると二つの拳を握りしめ勢いよく地面に振り下ろす。


 地面にぶつかるとその拳大の穴ができるがそれがどうしたとその程度ではジャリムは馬を走らせ続ける。


 ドリューガの行動が悪足掻きに見えたジャリムの兵たちに笑みが浮かび上がる。


 だが、ジャリムの兵たちは地面が少しずつ揺れつつあることを気が付いていなかった。


 するとドリューガが開けた穴を中心にその辺り一帯が一瞬でへこみクレーターが出来上がった。


 騎馬隊の殆どはその穴に落ちていき落馬していく。


 ドリューガ本人も穴に落下しているが難なく足から大きな音とともに着地する。


 籠手の拳は少し変化しており籠手から拳が少し離れ籠手と拳の間にそれらを繋ぐ棒が出ていた。


 その棒の中心は赤く光っていたが籠手から煙を立ち上ると次第に緑色に変わり棒が籠手の中に戻っていく。

 そして、拳と籠手は繋がり元の状態に戻った。


「貴様らも本国に忠誠を誓った騎士であろう。国のために命を捨ててかかってくるがいい」


 鉄仮面を被ったドリューガから唯一見える瞳が光ったように感じたジャリムの兵たちは恐れから破れかぶれに槍で突き刺しにかかる。


 だが、ドリューガの左の拳の速度はその大きさに似合わず凄まじく槍がドリューガに触れる前に兵士に直撃し上に吹き飛ばす。


 味方がやられたことに目も暮れず次の兵士が斬りかかろうとしたとき破裂音とともに空から赤い何かが降り注いできた。


 ジャリムの兵士たちはそれが何か理解できなかったが最後に落ちて転がったものを見て顔を青ざめさせた。


 それは先程空に打ち上げられた兵士の頭だった。


 目は開いたままで瞳が引き込まれそうな暗黒に色づいておりそれがさらに兵士たちの恐怖心に拍車をかける。


 なぜ打ち上げられた兵士が身体を四散させているのか考えることができるほど頭が追いついていない。


 しかし、身体は正直で全員が後退りをしている。

 目の前にいる男を相手にしてはいけないと頭に囁かれているように制御が効いていない。


 それでもドリューガが開けた穴に落ちた者たちには逃げ場はない。


「皆! 弱腰になるな!! 俺に続け!!」


 敵兵の一人がそう怒鳴ると馬を呼び寄せ飛び乗ると突撃を敢行する。

 後ろにいる敵兵たちも笛を鳴らし馬を呼び寄せ後に続く。


 ドリューガは右腕を後ろに引き全力で突き出した。


 その最中、ドリューガは数年前に起きた破滅の悪魔脱走事件のことで頭がいっぱいになっていた。


(我はあのとき何もできなかった。恐怖で動けなかった!! だが、だが!! ハルザードは、やつだけはあの悪魔に一太刀を浴びせた。やつは常に我の上を行く……)


 ドリューガはそのときに何もできなかった自分に現在に至るまで永遠と苛つきが募っていた。


 そして、その怒りから血の滲むような鍛錬を日々繰り返している。


「全てはハルザードを超えるため。そして、これが我が見つけた答え。味わうがいいジャリムの兵たちよ」


 ドリューガは突き出した拳を一つ飛び出ていた兵士に直撃させる。


 吹っ飛ばされた兵士は後ろに続いていた騎馬隊の中に入っていく。


 それだけでも骨の一本や二本折れても最悪即死をしても全くおかしくない程の威力だ。

 しかし、それとは別でその兵士の様子がおかしかった。


 それを見た騎馬隊の動きが止まってしまう。


「あ……あ……なにか、くる。た、助け……」


 意識は保つことができているがその顔は恐怖に歪み涙を流して助けを求めようとしているが言葉が上手く発することができていない。


 それも束の間突然、兵士の腹に異変が訪れどんどん膨れ上がっていった。


「あ……助け!! 助けて!! あー!!」


 それは限界を超えてもさらに膨らみ続ける。

 兵士はもう白目を剥き意識はもうなかった。


「あ……あ……」


 そして、弾けた。


 赤い血飛沫が騎馬隊にかかりそれで視界を潰し、弾けた衝撃も凄まじく落馬をしていくものが続出していく。


 今までのドリューガの技は強化で力を増幅させ籠手の拳で殴るだけのものであり地面に拳をぶつけても小規模な穴ができるだけであった。

 しかし、戦闘センスを生かすことで圧倒的強さを誇ってきたのだ。


 一撃のみで相手や地面を砕く様子から二つ名は破砕とされ自身の技名も破砕と名付けている。


 悪魔の事件以降、自分の力はまだまだ弱いと受け止めドリューガが磨いたのは技量であった。


 悪魔に対して取った行動の情けなさを払拭し、さらにハルザードを超えるためようやく編み出したのがこの新たな破砕。


 殴ることにより籠手に溜めた魔力を相手の身体に送り込みその魔力を膨張させて身体を破裂させる。

 先程みたいに地面に魔力を送り込み膨張させて爆発を起こさせることも可能だ。


 しかし、一撃必殺と思える技だが弱点は存在する。


 それは自分の魔力を送り込み膨張させる前にその相手の魔力によって押さえ込まれた場合ただ相手に魔力を与えただけとなってしまう。

 ただ、それを行うにはドリューガを越える魔力量を持っていないと不可能であるが。


 そしてもう一つ、これが最大の弱点とも言える。


 それは、一回魔力を放つと籠手の魔力を使い切ってしまい空になってしまうため再度放つためには魔力を溜め直さなければならない。


 放った後、拳が籠手から少し離れそれらを繋いでいる棒の中心が赤く光っているとき魔力が空になっている証だ。


 溜め直すのには数秒かかりその際に煙が立ち上ってしまうためわかりやすい。


 破砕は一撃必殺を主としているが強敵が相手ではそれも叶わない場合がある。

 そのときこの隙は致命的な弱点となってしまう。


 ドリューガは横に通り過ぎていく兵士に向かって徐に拳を降ると顔に直撃しその身体は飛散する。


「貴様ら蛮族が掻き乱せるほど我が国はたるんではいない。己の愚かさを悔いるがいい」


 次々と飛散する仲間の姿を見て怯え逃げていくがそれを逃がすほどドリューガは甘くはない。

 瞬く間に落ちた敵兵を全て片付けるとクレーターから飛び出た。


 そして、さらに残りの陣地を攻めるべく歩を進める。


 残存兵たちは騎馬で突撃するがドリューガの拳が襲いかかる。

 攻撃を受けた敵兵は弾けてその衝撃が敵の隊列を崩す。


 だが、それでも数の量では敵が勝っている。


 すると敵はドリューガを倒すことを諦め避けるように左右に分かれて砦に向かっていく。

 面倒ごとは後にしようとする算段だろう。


「むっ!」


 ドリューガは透かさず右を通っていく敵の隊列に籠手を薙ぎその侵攻を食い止めた。


 しかし、片側にまでは攻撃が回らずに通り過ぎ去っていく。


 ドリューガは首を背後に向けてその隊列を睨み付ける。

 それに気を取られている内に前方に残っていた敵兵の一人が腰に携えていた剣を引き抜き斬りかかってきた。


 だが、ドリューガは未だに通り過ぎていった隊に気が取られておりその殺気に気が付いていない。


「死ねぇ!!」


 敵兵の剣がドリューガの身体に触れようとしたときその敵兵の額に輝いている何かが貫通した。

 そして、その光は直角に曲がり真上に上がっていった。


 剣を落とし敵兵は何が起きたか理解することなく静かに崩れ落ちた。


 ドリューガは視線だけを移動させデンルーエリ砦の屋上を見る。


 そこには唖然としているジョイルと長弓を携えて無表情のままのイリーフィアがいた。


「おじさん、油断しない」


 そう言うとイリーフィアは右手の掌から光の矢を作り出した。


 それを左手で持った長弓で強く引いて放つ。


 光の矢は突き進んでいる途中で5本に分裂し光速でドリューガが見逃した敵兵の眉間を貫いていく。

 だが、砦を目指す敵兵は多く次々と攻め寄せてくる。


「多い。間に合わない。ジョイル」

「はい」


 ジョイルは部下に持ってこさせた槍をイリーフィアに手渡しするとイリーフィアは自分の身長より倍はあるだろう長い槍を片手で持つ。

 そして、槍の取っての先端にある窪みを弦に引っ掛けて引き槍を矢として放つ。


 槍に神神しい輝きが纏いそれほど強く弓を引いていないにもかかわらず放った槍は下に弧を描くように飛び地面と平行になるとスピードと威力を増していく。

 触れていないのにもかかわらず槍が通った地面は削れているほどの威力が備わっている。


 そして、馬に乗った敵の腹部を貫くがそれでも勢いは衰えず後ろに続いていた兵を次々と貫いてく。


 その後、槍は地平線の彼方へと消えてしまった。


 敵兵たちは戸惑ったものの砦の屋上にいるイリーフィアに気が付いた。

 さらに弓を持っているのがイリーフィア一人だと気が付くと再度放つにはしばらくの時間を要すると推測し馬を蹴り速度を上げる。


「次」


 ジョイルは再び槍をイリーフィアに渡すとまたも正確に敵が直線上に並んだところに放つ。


「次」


 再び、イリーフィアはジョイルに槍を持ってこさせる。

 そして、槍を放つと次々とジョイルに槍を催促していく。


 敵の推測は大きく外れ数十秒もしないうちに何十本の槍が放たれ敵隊は壊滅状態になってしまった。

 戦場にいる人の姿は生きている兵より死んでいるものの方が圧倒的に多い。


 敵兵の動きが鈍くなったことを確認するとイリーフィアは無表情のまま呟いた。


「行ってくる」

「はい。お気を付けて」


 ジョイルは笑顔で主を見送る。


 砦の屋上から飛び降りたイリーフィアは音も立てずに静かに着地すると疾風のごとく長弓を片手で持ちながら戦場を駆けていく。


 その最中に自分の右手から作り出した光の矢を握りしめ何連続も放つ。


 矢が刺さった敵は矢が放たれたことにすら気が付くことはなく次々と静かに倒れていく。


 止まることなく、さらに走り続けているイリーフィアは敵の目の前に到達する。


 その存在に気が付いた敵兵は剣を振り下ろすがそれを身軽に躱した後、長弓で往復ビンタを繰り出し後ろに宙返りする。

 そして、作り出した三本の光の矢を一斉に放つ。


 敵兵に何の恨みがあるのかその三本の矢は総数十五本となり身体を風穴だらけにしてしまった。


 イリーフィアの矢を作り出してから放つまでの所作は最小限に短縮されておりまさに目も止まらぬ速度だ。


 敵からすると作り出したのを確認したと同時にもう既に貫かれているような体感だろう。


 それを可能にするのはそれほど強く引いていないのにも関わらず威力と速度が変わらないことにある。

 イリーフィアにしか為せない技だ。


 もちろん最大に引いたときの方が威力は上がる。


 イリーフィアが使う魔法は光の矢を作り出す魔法と強化の魔法だけだ。


 これぐらいならば普通の騎士でも身につけることは可能であるがイリーフィアがそれでも隊長である理由は一朝一夕の鍛錬では身につくことはない技量の高さである。


 魔法や技は身につけるだけでは一人前とは言えない。

 それを自在に扱う技量を持ち得てこそ一人前と言えるのである。


 つまり、全ての魔力を用いて途轍もない威力の魔法を一回だけ放つことができたとしてもそれはまだまだ未熟なのだ。


 本当に大切なのは一回の爆発力よりも恒久的に戦うことのできる持久力の方だ。


 イリーフィアは視界の中に入る敵に矢を放ち続ける。


 戦場にいた兵たちを狩り尽くすと傍観を決め込んでいた他の陣に動きがあった。


 それは陣を払い退却の構えだった。


 元々デンルーエリ砦に駐屯していた五番隊隊長のイリーフィアに加えて一番隊隊長のドリューガの二隊長が相手では攻め落とすのは難しいと考えたのだろう。


 ドリューガは追撃を行うため動こうとしたがすぐ横の地面に光の矢が突き刺さったため動きを止める。


「邪魔をするな小娘」

「だめ。もうおしまい」


 そう言うとイリーフィアは踵を返し砦に向かっていく。


 そのときイリーフィアは後ろから舌打ちが聞こえたが振り向きもしなかった。


 砦に帰ったイリーフィアはジョイルに話しかける。


「あそこ、皆で頑張って直して」


 イリーフィアが指さした場所はドリューガが作ったクレーターだった。


 ジョイルは底に溜った血の池を思い出すと少し気分が悪くなり憂鬱になってしまう。

 それに加え平坦な地に戻す労働力を考えげんなりしてしまう。


 それに気が付いたイリーフィアは両手を胸の近くまで持ってきてぎゅっと握り上目遣いになった。


「がんばれ」


 無表情のままそう言って満足そうにどや顔をしてその場を立ち去ろうとする。


 そのときポツリと「自分の、色気が怖い」と呟いていた。


 ジョイルはぽかーんと口を開けてこう考えていた。


 どうせなら妹さんの方に言って欲しかったと。


 はっとジョイルは己の煩悩を振り払い我に返る。


「どちらに?」


 ジョイルは分かっていたが念のためイリーフィアに尋ねる。


「クルのところ」


 想定していた言葉が返ってくるがジャリムは撤退したため止めることはもうできない。


 それにもしジャリムが引き返してきたとしてもドリューガ一人いればなんとかなるのではないかと頭に過ぎる。


 しかし、ここで否定的な意見を出したら自分の身に危険が生じてしまうと直感が働く。


 ここは笑顔で送り出すべきだとジョイルは決断した。


「お気を付けて」

「ん。何かあればおじさん。頼む」

「分かりました」


 言い終わるとイリーフィアは全力で走り始めあっという間に砦から出ていった。


「戦場を駆けていたときより速いですね……」


 それよりも、とジョイルは戻ってきたドリューガに目を向ける。


 ドリューガは付けていた仮面と籠手を取り外し部下に預けて立ち去っていった。


 籠手は片方だけでも二人がかりでようやく持てるほどの重量で蹌踉めきながら運んでいる。


「一番隊隊長ドリューガ・ノグラス。噂通り想像を絶する強さですね。……そして恐ろしい方だ。大国であるジャリムを殆ど一人で追い返すとは……集めた兵が無駄になりましたね。ははは」


 苦い笑いをしながらあの惨劇を思い出し味方であるはずのジョイルでも嫌な汗が出てきた。

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