第59話 この前の借り
俺は朝早くから、クレアさんの屋敷に赴いていた。
豪奢な造りのドアを何度かノックする。
しばらく経ってからゆっくりとドアが開かれた。
「何か用ですか、リオン」
顔を覗かせたのはシアである。
差し込む朝日に真っ赤な瞳を細めた吸血鬼は、気怠そうな声を出した。
「まったく、日光とは忌々しいものですね……」
「吸血鬼には辛いだろうな。俺のような普通の人間は、日光を浴びなければ身体と精神に不調が出るものだが」
「吸血鬼と人間は似て非なるものですからね……何か用があるなら、屋敷の中で話しましょう」
言われた通りに屋敷の中へと入った俺は、もはや馴染みのあるソファに座った。
シアはぺたぺたと裸足で床を踏んで、俺と対面する位置のソファに座る。
「クレアさんはまだ寝ているのか」
「ええ、あの竜人は寝坊助なので」
「だろうな。それは重々承知している。だが俺は、あえてあの寝坊助な村長を叩き起こそうと思う」
「そんなことをすれば殴られますよ。わりと洒落にならない力で」
「問題ない。魔王と化した俺には、クレアさんの腹パンにも耐えられる」
「無駄に勝ち誇ったように言わないでください」
呆れたように溜め息を吐くシア。
俺はソファから立ち上がり、クレアさんの部屋へと向かう。
ロビーを出て、長い廊下を歩いた。
背後からシアの裸足が床を踏む音が聞こえる。
「本当にクレアを起こすつもりですか」
「ああ、起こす。そして、お前達にはこの前の借りを返させてもらう」
「この前の借り……私達があなたを裸に剥いた件ですか」
「その通り。あの屈辱は今思い出しても羞恥で身悶えてしまいそうだ」
「まさか、同じように私達を裸に剥くつもりなのですか」
そうしても良かったが、シアはともかくクレアさんを全裸にすると村人達から石やフライパンを投げつけられる気がしたので、やめておく。
廊下の途中に一室があり、その部屋のドアをノックしたが、中にいる寝坊助の村長が起きてドアを開く気配は微塵にしなかった。
「クレアさん、起きてください」
「リオン、その辺りでやめたほうがいいと思いますよ」
「いいや、俺はやめない。クレアさん! 起きないとドアを蹴破りますよ!」
「いつの間にリオンはこんな乱暴な人間になってしまったのでしょうか」
シアの嘆息を無視して、なおもドアをノックし続けた。
すると、ようやく俺の呼びかけが功を奏したのか、ドアが勢いよく開かれる。
瞬時に部屋の中から小柄な影が飛び出してきて、俺の腹部に多大な膂力が込められた剛拳が叩き込まれる。
「朝からうるさいわ、この若輩者がッ!」
「おっと、来客にいきなり拳を放つのはダメですよ村長」
俺はクレアさんの小さな拳を握りしめながら、笑顔を作った。
「おはようございます、クレアさん」
「貴様、こんな朝っぱらから我を起こすなと何回言ったら分かるのだ?」
「それは分かっていますが、今日は大事な話があるので、無理やり叩き起こしてしまいました」
「ほう、大事な話か。試しに言ってみるがいい。もしくだらない要件だったら貴様を遥か彼方の東洋にまで殴り飛ばしてやる」
ぷんすかとしているクレアさんの拳を放して、俺は要件を言った。
「クレアさんとシアには、俺の店の客引きをしてもらいたくて」
またもや拳が放たれたので、俺はさっと横に身体を逸して避けた。
拳の勢いによって空気が乱され、廊下の窓のカーテンが揺れる。
速度と威力が両立した拳は直撃すれば人体がバラバラになりそうだったが、ムラサメと同調している俺の身体は容易に躱してみせた。
それに苛立ったのか、今度は素足による蹴りがこめかみに向けて放たれたので、子供のような小さな足を手のひらで掴んだ。
「そんな寝間着のドレス姿で足を上げたら、下着が丸見えですよ」
「ふむ、妖刀との同調は完璧なようだ。殺すつもりで放ったのだがな」
「軽率に村人を殺そうとしないでください……さあ、俺に付いてきてください」
「是が非でも我を外に連れ出そうとする気か。まあ、よかろう」
渋々とだが、クレアさんは俺の要件を承諾した。
あとはシアだが、彼女は窓の外を見てタレ目を細める。
「私も行かないとダメなんですか。こんな太陽の光がギラギラと照りつけている朝に? 吸血鬼の私が?」
「別に太陽の光に当たっても死ぬわけじゃないだろう?」
「それはそうですが、多少の弊害はあります。特に気になるのは日焼けですね」
「よし、さっそく行こうか」
俺はシアの戯言をさらりと流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます