第53話 妖刀ムラサメ【第一部・完】
地下牢生活を数日間過ごした俺は、ようやく開放されることとなった。
ベッドから起き上がり、妖刀ムラサメを腰のベルトに差す。
クレアさんが鍵で錠前を解除し、牢の扉を開けてくれた。
「監視は終わりだ」
「これでようやく自由の身ですか」
「そうだとも。貴様の容態を調べた結果、自由にさせておいて何ら問題ないと判断した」
「それは良かったです。俺もそろそろ愛する妻との生活に戻りたかったので」
地下牢から出て、通路を進んだ先の階段を上がれば、屋敷の書庫に出た。
先日フェイが腰掛けていた長椅子でシアが本を読んでいる。
俺を見たシアは、ふっと表情を緩めた。
「良かったですね、リオン」
「ああ、これでもう身体をおもちゃにされずに済む」
「先日の件、まだ根に持ってますか」
「当然だろう。あんなわけのわからないことされて、根に持たないほうがおかしい」
「それでも妖刀で私達を斬って、無理やり逃げ出すという選択肢を取らなかった辺り、あなたはどうやら賢い人のようです」
そんなリスクの高い真似はしない。
そもそも俺にはクレアさんやシアを斬ることができないだろう。
どれだけ酷いことをされても、お世話になった恩を仇で返したりはしない。
ただ、まあ……全裸に剥かれた件の借りは、違う形で処理させてもらおうかと思っていたりするのだが。
「リオン殿、フィオナ嬢とユーノ嬢が外でお待ちだ」
センリの呼びかけに、俺はすぐに書庫を出て、屋敷のロビーまで急いだ。
ロビーのドアを開け、外に出た瞬間。
「リオン!」
フィオナが勢いよく抱きついてくる。
すりすりと頬を俺の胸板に擦りつけるフィオナの頭に、そっと手を置いた。
「ただいま、フィオナ」
「おかえりなさい! もう検査は全て済んだのですか?」
「らしいな。あの検査が本当に必要だったのかは分からんが」
「あの検査?」
「いいや、なんでもない」
俺はフィオナを抱きしめながら、くりくりとしたオッドアイでこちらを見ているユーノに微笑みかけた。
「ユーノ、聞いたぞ。どうやら大活躍だったみたいじゃないか」
「にゃはは~、友達を守るためにちょっと頑張ってみただけだよ~」
ユーノはあの襲撃の際にマシロとクロエをアルフと共に下級悪魔から守ったのだとクレアさんに聞かされていた。
二人の獅子奮迅の活躍は見事なもので、ユーノが持ち前の俊敏さで相手を撹乱させている間にアルフがナイフでトドメを刺すという連携で、数体の下級悪魔を倒したのだというのだから驚きだ。
「よしよし。頑張ったな、ユーノ」
俺は近寄ってきたユーノの頭を撫でる。
ふにゃ~っと気持ちよさげに目を細めるユーノ。
しばらく再会の喜びを分かち合った俺達は、村のなかを歩く。
村人達が通りかかる度に、俺は喝采の言葉を捧げられた。
俺が破壊魔を撃滅させたという噂は村中に広がっているようで、なんというかちょっとしたお祭り騒ぎになっている。
照れくささを感じる俺に、フィオナが笑顔で言う。
「もはや村の英雄扱いですね」
「そうだな。でも破壊魔を倒せたのは俺の実力というよりも、こいつのおかげだったんだけどな」
腰に差した妖刀ムラサメの鞘を指で撫でる。
突如として俺の手元に現れ、窮地を脱する力を与えてくれたこいつに、感謝しなければならなかった。
フィオナとユーノは妖刀に興味津々のようで、柄を触ったり鯉口を切ったりしている。
「こら、危ないからやめろ」
「これ、呪われた刀なんですよね? 本当に大丈夫なんですか?」
「クレアさんが言うには、俺が持っている限りだと普通の刀と変わりないらしい。他の誰かが使ったら何が起こるかは分からないのだとさ」
「ひえぇ、そんな刀に惚れられたリオンは一体何者なのにゃ!?」
若干引き気味のユーノの言葉に、なんと返せばいいか分からなかった。
果たして真実を伝えたところで、信じてもらえるかどうか。
とりあえず、胸のうちに秘めていた本心を、フィオナとユーノに伝える。
「俺はお前達の幼馴染であり、魔導剣士のリオンだ。これから先もずっとそうで有り続ける」
「ふふ、相変わらずリオンは変わりませんね」
「清々しすぎて笑ってしまいそうだにゃ」
三人で声を出して笑い合う。
こんな時間こそ、俺が取り戻したかった暖かな平穏だった。
家に辿り着くと、ユーノが身をひるがえして俺とフィオナにウインクする。
「あたしはもう帰るね。今日は二人で存分にしっぽりするにゃ」
「しっぽりって、お前な……」
「にゃっはっはー、さらばだー!」
無邪気な子供のような言葉を残して、ユーノは走り去っていく。
小柄な背中が見えなくなるまで、俺は彼女を見送る。
ふと、泉のそばで泣いていた一人の女の子が脳裏に浮かんだ。
その子は俺の言葉で笑ってくれた。
その笑顔を見た時、俺は彼女に声をかけてよかったと心の底から想ったのだ。
「……俺の選んだ選択は、決して間違ってはいなかった」
「リオン?」
「いいや、なんでもないさ。家の中に入ろう」
フィオナを促して、俺は我が家へと入るのであった。
そして、時間は過ぎて――夜になる。
俺はフィオナと抱き合って、布団の中で微睡んでいる。
久しぶりの妻との行為は、とても暖かく気持ちよくて。
充足感に包まれた俺は、瞼が重くなっていて、うとうとしていた。
そろそろ、寝よう。
フィオナの体温を全身で感じながら、意識は眠りのうちへと誘われていった。
「……スター……起きて、マスター……」
「ん……」
どうやらもう朝のようで、陽光が窓から差し込んでいる。
眩しさで目が開けられないまま、とりあえず俺は両手を動かした。
すると、ふにゅっとした柔らかな何かを掴んだ。
一瞬、フィオナの尻肉を鷲掴みにしてしまったのかと思ったが、昨夜揉みしだいた柔らかさとは全然違う。俺がいま掴んでいるものは肉付きが薄いようで、例えるなら子供の女の子の尻を揉んだら、ちょうどこんな感触なのではないか。
「ひゃんっ! もう、マスター! いきなりなにするですか!」
「……んん?」
子供の高い声が耳元で聴こえる。
俺は柔らかい何かを掴んだまま、目を開けた。
そして視界に映り込んだのは――知らない女の子の顔だった。
年齢は恐らく十歳ぐらいで、紫色の短髪と目鼻立ちの整った小顔が特徴的な、可愛い子だ。
どこから忍び込んできたのかは分からないが、人の家に勝手に入るとは……説教してやらねば。
そう思った矢先、更に視界に飛び込んできたのは、女の子の膨らみかけの乳房。
なるほど、どうやら状況は分かった。
俺は全裸の女の子に覆いかぶさられており、いま両手に掴んでいるのは女の子の尻なのだ。
隣に視線を向ければ、フィオナが安らかな寝息を立てている。
俺は愛する妻をくれぐれも起こさないように注意しつつ、女の子の尻から手を離した。
朝からこめかみに冷や汗が流れる。
眼前の女の子はむすっと頬を膨らませた。
「もう、いきなりレディのお尻を掴んだらダメですよ、マスター」
「……君は、誰だ?」
「あっ、そうだ。自己紹介がまだでしたね!」
女の子はにっこりと笑って、とんでもないことを言ってのけた。
「ムラサメは妖刀ムラサメです! 気軽にムラサメちゃんと呼んでくださいね、魔王さま!」
……どうやら、新たな波乱が幕を開けたようだった。
【第一部・完】
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