第37話 束の間の休息

「俺が……破壊魔を討つ」

「そうだ。貴様は一度、奴と交戦して生き残った。ゆえに行動パターンもいくらかは掴めているだろう」

「だとしても、あいつは相当強い。果たして俺で勝てるかどうか……」


 俺が逡巡していると、フィオナがクレアさんに向かって強く言い放った。


「その提案は受け入れられません。もうこれ以上、私の大切な夫に傷ついてほしくないです」

「嫁はそう言っているが、リオン。貴様はどうする?」

「フィオナが俺に戦ってほしくないと言うなら、俺は大人しくしておきます」

「そうか。まぁ、よかろう。いざという時の援軍をすでに呼んでいる。もうじき到着するであろう」


 クレアさんはティーカップの紅茶を飲み干す。


「我はもう寝る。貴様らは家に戻れ」

「そうします」


 フィオナと共に、ソファから立ち上がった。

 その瞬間、ぐらりと視界が歪んで、身体が傾く。


「リオン、大丈夫ですか?」


 危うく床に倒れるところを、フィオナが支えてくれた。

 

「はは……どうやらかなり無理してたみたいだ」

「しばらくは安静にしておきましょう。ほら、私に掴まってください」

「すまない、フィオナ」


 俺はフィオナに支えられながら、家へと戻った。

 全身が痛いのを我慢して服を脱いだ俺は、浴室でフィオナに身体を洗ってもらう。

 その後は身体の水気を払い、寝所に敷かれた布団へと、全裸のままぶっ倒れた。


「リオン、ちゃんと服を着ないと……」

「すまん……もう限界だ……」


 俺がうめき声を上げると、フィオナが布団に潜り込んでくる。

 そして、そっと抱きしめられた。


「リオンはやっぱり男の子なんですね」

「どういう意味だ?」

「大切な人達を守るためならば限界まで頑張ってしまうところが男の子らしいという意味です。ちょっとは逃げてもいいんですよ? 痛いのはリオンだって嫌でしょう?」

「そうだな……だが俺は、もしフィオナやユーノ達が危険にさらされたのなら、死ぬ気で助けるよ」

「もう、ばか」


 呆れたように呟いて、俺の胸板に手を添えるフィオナ。

 そして胸板から下腹までを指で撫でられる。


「リオンの身体、昔よりずっと大きくて硬いです」

「魔王を倒すために、死ぬ気で鍛えたからな」

「どうしてそこまで、魔王を倒したかったんですか」

「それは……」


 フィオナに問われ、俺はずっと胸に秘めていた想いを初めて吐露した。


「最初は正義感だった。何も知らないガキが目に見えた悪を倒すのだと闘志を燃やしていた。だが村を出て修行をしていくうちに、俺は怖くなったんだ」

「怖くなった……?」

「そうだ。俺が最初に赴いた街では、強者がたくさんいた。だが、そんな強者でも時には魔王軍の配下に強襲され、死んでいくのを見て……もしそんな悲劇が大切な人に起きたと思ったら、居ても立っても居られない想いに駆られた」

「だからリオンは、諸悪の根源を絶とうと……」

「そうだ。魔王を倒したら、少なくとも魔王軍の配下は襲ってこなくなる。大切な人達が危険にさらされる心配がなくなるんだ」


 そうだ、俺は大切な人達を失うのが怖い。

 もしフィオナが、ユーノが、俺と親しくしてくれている誰かが傷ついて……殺されてしまったら。

 きっと俺は後悔するだろう。誰かを守れなかった自分の弱さを憎むだろう。


 だから俺は、誰かを守るために強くなった。

 修練で肉体を鍛え抜き、器用貧乏なりに戦法を確立した。

 いつか諸悪の根源たる魔王を討つために。


「だがまぁ、魔王を倒したのはアイネさんだったし、俺はそもそも討伐隊にさえ入れなかったんだけどな」

「それでも、私はリオンの努力を無駄だとは思いませんよ。実際に危険な悪魔からこの村を守ってくれたんですから」

「そうかな。俺は誰かを守れたかな?」

「はい、守れました。だから、ご褒美になでなでしてあげます」


 飼い犬のように頭を撫でられる。

 それがなんだか心地よくて瞼を閉じると、そこで俺の意識は途切れた。



 ちゅんちゅん、と小鳥のさえずりが耳に入る。

 俺は重い瞼を開けた。

 身体の気怠さはだいぶ取れているが、その代わり筋肉が悲鳴を上げている。

 少し視線を下ろせば、安らかな寝息を立てているフィオナのつむじが見えた。


 とりあえず布団からでようとするが。


「いってぇ……」


 腕や太ももの痛みで、立ち上がれない。

 仕方がないので這うようにして洗面所へと行き、上半身だけを起こし、顔を洗って口をゆすいだ。


「こりゃ、店を開くのは無理だな」


 しばらく休業しよう。

 そう決めた時、小屋の扉がコンコンとノックされる。

 こんな朝っぱらから誰だろうと、痛む身体を我慢して扉まで向かった。


 そして、扉を開ければ。


「おはよう~リオンさん――って、きゃあああああっ!?」

「マシロか。どうした、そんなに大声あげて」

「なんでおち○ちん丸出しなのおおおおおお!?」

「ああ、そうだった」


 昨日全裸で寝たっきり、そのままだった。

 俺は誤魔化すように苦笑し、顔を真っ赤にしているマシロに鍛えた肉体を見せつける。


「どうだ? 自分で言うのもなんだが、良い身体だろう?」

「腰をぐっと突き出さないで!? うわ、ぷらぷら揺れてるううううう!」


 朝から絶叫するマシロ。

 ちなみにこの後、いつの間にか起きて背後に忍び寄っていたフィオナに平手打ちを食らった。


「年頃の女の子になんてものを見せつけているんですかっ!」

「すまん……」

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