第30話 真っ白な一匹と一人

「リオンさん、見て見て! なんか変なの捕まえた!」


 まだ従業員も揃っていない早朝。

 営業前の店に突然入り込んできたのはマシロだった。

 彼女が両腕で胸に抱えているのは、白い体毛を持った狼のような小動物。


「この動物ってなんなの?」


 可愛らしく小首をかしげて問いかけてくるマシロに対し、とりあえず俺は拳骨を作り。


「店内に動物を連れ込むな」


 躊躇なくつむじに振り下ろした。


 拳骨をまともに食らったマシロは目を回し、その場にばたりと倒れ込む。

 マシロの腕から開放された小動物――ロコが「きゅー」と鳴いて店内を駆け回る。

 俺は倒れ込んだ少女の矮躯を引きずって、ついでにロコも捕まえ、店から出た。


「それで? どうしてロコがお前の手中にあったんだ?」


 頭の頂点を押さえてフラフラしているマシロに尋ねる。

 ロコは俺の腕のなかでもがいていた。どうやら俺に抱かれるのは嫌らしい。


「うぅ~、酷いよリオンさん。乙女の頭に拳骨とか……そんなんじゃモテないよ!?」

「生憎と俺は昔から女にはモテモテでな。それはさておき、こいつをどっから拾ってきた?」

「村に隣接している林のそばを歩いてたらバッと飛び出してきたの。珍しい動物だったから捕まえちゃった」

「それで? なぜ俺のもとにこいつを連れてきた?」

「いやー、なんとなく? リオンさんならなんの動物かわかるかなーって」

「悪いが、こいつの正体は分からん。名前がロコというのだけは分かる。まえに孤児院の子に教えてもらった」


 ようやく目眩から復帰したのか、マシロはキリッとした表情でロコを見る。


「へぇ~、ロコちゃんって言うんだ。可愛い名前だねぇ」

「きゅーきゅー!」

「うわ、なんかめっちゃ逃げたがってる」

「どうやらこいつは俺を嫌っているらしいな」


 両腕の拘束を緩めると、ロコはマシロに向かって勢いよくジャンプした。

 慌ててロコをキャッチするマシロ。


「きゅきゅ」

「きゃっ! この子めっちゃほっぺ舐めてくるよ!?」

「女の味が好きなんだろう」

「うわ、なんかエロい……この子もしかして淫獣なんじゃ」


 よくそんな言葉知ってるな。

 マシロの戸惑いもよそに、ロコは依然として頬を舐め続けている。

 やがて満足したのか、大人しくマシロに抱かれるロコ。


「そいつをもとの林に逃してやってくれ」

「えー、もうちょっと可愛がらせてよ。というか、いっそ私の家で飼おうかなー」

「孤児院の子と引き離すのはやめてくれ。こいつとその子は友達なんだ」

「そっか。じゃあ帰してあげないとね」


 意外と素直に頷いたマシロ。

 基本的にこの少女は純情なのだ。

 大人の言うこともよく聞くし、ちょっとした小言を返すことはあっても反抗はしない。


「マシロ、頭を出せ」

「ほえ? こう?」


 突き出されたつむじを、俺は治癒の魔力を纏わせた手で優しく撫でる。

 その途端、マシロは心地よさげに吐息を漏らした。


「ほにゃ~気持ちいい~」

「さっきは殴って悪かったな」

「いやいや、気にしてないよ。いきなり動物を店内に持ち込んだ私が悪いんだもん」

「そう分かっているなら、店の外から呼びかけてほしかった」


 たぶんマシロは猪突猛進なのだ。

 以前に金が足りないにもかかわらず薬を買いに来たことも含め、俺は彼女をそう表現する。

 考える前に身体が動いてしまうタイプで、今回もロコを俺に見せるという意識が先行しすぎてしまったのだろう。


 真っ白な髪の少女に悪意はない。

 それを分かっているからこそ、俺はマシロの頭を手のひらで癒やし続けた。


「さあ、ロコを林に帰しに行こう」

「そうだね――あっ!」

「きゅー!」


 ロコは突然マシロの腕から飛び出すと、小動物特有の俊足で村のなかを駆けていった。


「行っちゃった。一人で大丈夫かな、あの子」

「大丈夫だろう。動物には帰巣本能がある」


 俺は踵を返し、店の中に戻った。

 なぜかマシロも付いてくるが、気にせずカウンターの裏側にて日課のポーション作りに勤しむ。


「ねぇ、リオンさん」


 マシロはカウンターに頬杖をついて、俺の名を呼ぶ。


「なんだ、マシロ」

「リオンさんはさ、結婚してるんだよね」

「ああ、そうだ。お前も知っているだろう、この店の従業員であるフィオナを」

「うん。すごく綺麗な人だよね」


 マシロは若干こちらに視線を合わせないまま、呟く。


「いいなぁ。私も結婚したいなぁ」


 なんだかその言葉、このまえサーシャさんからも聞いたな。

 俺はポーション作成を止めずに、指先を動かしながら少女の言葉に返事する。


「したいんならすればいいじゃないか。誰か意中の相手はいないのか」

「いないよ。そもそもこの村、男の子自体少ないじゃん」


 確かに、セロル村の男女比は偏っている。

 子供もそうだが、大人であってもやはり女性の方が多い。

 ちなみにそれがなぜかは分からない。クレアさんやサーシャさんなら何か知っているだろうか。


 そこでマシロがちらりと俺に視線を向けた。


「リオンさん、年下の女の子は好みで?」

「嫌いじゃないな」

「だったらさぁ、私を愛人に――」

「俺はどちらかというと、クロエのような物静かな年下の女の子が好きだな」

「がーん! 幼馴染に負けた!」


 ぐぬぬと歯噛みするマシロの様子に、俺は微笑みで返す。


「まあ、まだお前は若い。結婚について存分に考えてみるといい」

「むう……なんだか大人みたいなこと言うんだね」

「お前よりは大人だからな」


 ポーションを一つ作り終えた俺はカウンターから表へ出て、店を開ける。

 

「さあ、営業の邪魔だから帰った帰った」

「分かったよぉ。ユーノちゃんによろしく言っておいてね」


 マシロはそう言って、店から出ていくのであった。

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