第22話 フィオナの過去

 俺はフィオナの胸の谷間に顔を埋もれさせながら、まどろんでいた。

 今は早朝で、俺達は布団のなかで抱き合って寝ている。

 二人して裸で、下着さえ身に着けていない。

 ここ最近は、お互い生まれたままの姿で寝るのが習慣になっていた。


 もちろん俺は男なので、裸のフィオナが目の前にいると情欲が滾ることも多々ある。

 そういう時、フィオナは俺を優しく抱擁してくれる。

 今日は店が休みということもあり、昨夜は早いうちから布団で抱き合い、深夜まで情事にふけっていた。


 その疲れがまだ残っているのか、俺は腰の微痛を覚えつつ、寝ているフィオナの胸元から顔を起こした。


 服を身に着け、冷蔵庫から瓶のミルクを取り出し、あおる。

 まろやかな味わいを喉で楽しんだ後、俺はフィオナに声をかけた。


「おーい、朝だぞ」

「……んん」


 彼女の瞼がゆっくりと開かれ、その宝石のような碧眼に俺の姿が映り込む。


「リオン、おはようございます……」

「おはよう。ほら」


 俺は布団のそばに脱ぎ捨ててあった服を、フィオナに投げかけた。

 起き上がったフィオナはあくびをして、下着から穿き始める。

 妻が着衣しているうちに、俺は台所で朝食を作った。


 フライパンで卵を焼いて、パンと一緒に皿にのせる。


「今日の朝食はなんですか?」


 服を着終えたフィオナが食卓に顔を出す。

 俺は微笑み、テーブルに乗せた料理をフィオナに見せつけた。


「卵を焼いたやつと、パンの組み合わせだ」

「なんという料理なんでしょうか、それ」

「俺にも分からん」

「リオンの料理はいつも大雑把ですね。でも嫌いじゃないです」


 洗面所で顔を洗って目を覚ましてきたのか、椅子に座ったフィオナはいつもの穏やかな表情を浮かべている。

 俺はふと、昔のフィオナを思い出した。


「お前、昔は料理下手だったよな」

「なんですか、いきなり」

「いや、いつもお前の料理を食っていて思うんだ。めちゃくちゃ美味いとな。でも昔はよく真っ黒に焦げた謎の物体を俺に食わせていただろう?」

「ま、まぁ……あの頃はまだ、お料理見習いでしたし」


 フィオナは恥ずかしげに顔をそむける。


『ほら、リオン! あたしが愛を込めて作った料理よ? ありがたくいただきなさいな♪』


 そう言って差し出してきた、過剰に焼き焦げた謎の物体を今でも覚えている。

 ちなみにそれを無理して食った俺は三日三晩、腹痛に苦しむはめになった。

 

「あの頃と変わったな。料理の腕も、性格も、何もかも」

「ですね。頑張って変わりました」

「どうしてそんなに頑張ったんだ?」

「それは……そうですね」


 フィオナはパンを千切って口に含み、天井の方に視線を向けた。

 何かを考え込む時に、フィオナは上を向く癖がある。

 パンを咀嚼して飲み込んだ彼女は、話を始めた。


「昔から一応、英才教育を受けていたんですよ。ほら、私は貴族の娘ですから」

「ふむ。没落しているがな」

「それは置いといてください。とにかく、両親から毎日ああしなさいこうしなさいと口やかましく言われていた私は、反抗心で両親が言うことの真逆の振る舞いをしていたんですよね」

「やんちゃで勝ち気な振る舞いか」

「まぁ、もともとそういう性格だったのもあるんでしょうけど。それで、リオンが村を出てから私は悔い改めまして。両親の言う立派な淑女になろうって決めたんです」

「俺が村を出ていったことと関係あるのか」

「あります。だって私、あなたが村を出てから――」


 そこでフィオナはパンを皿に置き、両手を胸元に添えて、はにかんだ。


「ようやく自分の本当の気持ちに気づけたんです。リオンのことが、ずっとずっと大好きだったのだと」

「……そうか」

「はい。そうです。だから私はリオンに見合うような、立派な女性になろうと決めました」

「俺にはもったいないぐらい、フィオナはもう立派な淑女だよ」

「ふふ、ありがとうございます。でも一つ訂正させてください」


 フィオナは人差し指をそっと俺の唇に当てた。


「あなたも充分すぎるほど、立派な男性ですよ」

「……ありがとう」


 なんだか照れくさい。

 俺は、フィオナに見合うような男になれたのか。

 正直、自分ではよく分からないが。

 とにかく俺のやるべき使命は決まっている。


 何があっても、妻を守り抜く。

 それが夫としての責務だと、俺は思っている。


「ほら、そういう生真面目な表情。すごく格好いいです」


 俺が考え込んでいるうちに朝食を食べ終えていたフィオナは、微笑みながらそう言うのであった。


 朝食の後は、二人で湯浴みをして寝汗を流し、まったりと過ごしていた。

 休みの日は孤児院でフェイと遊んだり、マシロとクロエの相手をしていたが、たまには家で妻と一緒にのんびりするのも良い。


 そう実感していたら、玄関のドアがノックされる音がした。

 ちょうど玄関の近くにいた俺が、来客に対応する。

 ドアを開けば、目の前にいたのは。


「小鳥さん。ごきげんよう」

「ごきげんよー……」


 エリーゼとフェイが、手を繋いで立っていた。

 そして、フェイはなぜか片手に一冊の薄い絵本らしきものを持っている。

 

「なにか用か? というか、家の場所を教えた覚えはないが」

「さっき小さな村長に教えてもらったのよ、小鳥さんの愛の巣を」

「そうか、クレアさんが……」


 朝っぱらからエリーゼに起こされたクレアさんの不機嫌な顔が容易に想像できる。

 

「それで、用はなんだ?」

「この子の望むものを、あなたに取ってきてもらいたいの」


 エリーゼの視線は、フェイに向けられていた。

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