第16話 決着
生成された光の槍は五本。
俺が三連撃を叩き込むまでに魔力を凝縮していたのだろう。
相変わらずの早業だ。
強力な魔法の行使には時間がかかる。通常は詠唱を伴うものだが、セシリアは安易にそれを省略してみせた。魔法を無詠唱で使用できる魔導士は、例外なく強い。
だが負けてはいられなかった。
俺は木刀で、頭上から降り注ぐ槍を斬り払う。
事前に魔力でコーティングしていた木刀による斬撃は、光の槍を全て打ち消すことに成功したが。
「まだよ」
短く声を放ったセシリアの手のひらが俺に向けられていた。
まずい。
直感的に左へと身体を捻る。
直後、セシリアの手のひらから黄金に煌めく法撃が発射された。
それはまるで太陽から降り注ぐ陽光の如く、一直線に空を切る。
「へえ、よく避けられたわね」
「食らっていたらヤバかった。膝をつくどころの話じゃないぞ」
「言ったでしょ? 手加減はできないって」
俺と会話の応酬をしつつも、セシリアの攻撃は続いている。
間隙なく発射される光の槍、氷の弾丸、雷の球体。
それらを木刀で全てしのぎながら、俺はセシリアに接近を続けていた。
そう、俺はセシリアのすぐ目の前にいるのだ。
だから彼女は必死に距離を取りたがっている。
対魔導士戦において重要なのは、絶えず接近を続けることだ。
いくらセシリアが歴戦かつ無詠唱で魔法を使用できるとは言え、一つの魔法を撃ってから次の魔法に繋げるには若干のタイムラグがある。
その隙を逃さず、攻撃を仕掛けて魔法の行使をさせないのが重要なのだ。
「頑張ってください! リオン!」
「がんばれー! リオーン!」
フィオナと、いつの間にか起き上がっていたユーノの応援が、俺の闘志を漲らせた。
セシリアは額に汗を掻き、イラついたように歯を噛み締める。
「くっ、鬱陶しく張り付いて……離れなさい!」
「それはできない相談だ」
「いいわ、ならばこうするだけ!」
セシリアは右手を握りしめ拳を作る。
すると、その拳に可視化した魔力のオーラが纏わり付く。
筋力上昇の魔法により一時的に強化された豪腕が、突き込まれる。
速度は十分、そして威力も兼ね備えた強力な鉄拳を防ぐため、身体の前面に魔法障壁を張った。
激突する拳と障壁。
魔力と魔力が反発しあい、衝撃の余波により周囲の大気が激しく掻き乱された。
「無駄よっ! あたしの魔力のほうが出力は上だわ!」
その通り、魔力を纏ったセシリアの拳は俺の魔法障壁を粉々にした。
だがしかし、俺もぼけっと拳を眺めていたわけでもなく。
「なっ!?」
セシリアは己の異変に気づき、声を上げた。
彼女の左足は、冷気を発する氷の足枷によってその場に固定されている。
無論それは、俺がトラップとして発動させた魔法だ。
「相変わらず小癪な真似をしてくれるわね!」
すぐさま左足に込められた魔力で氷が粉砕されるが、一瞬でも彼女の気を逸らせただけでも上出来だった。
俺は突き出されていたセシリアの腕をとってこちらに引き寄せる。
そして背後に身体を滑り込ませ、彼女の両腋に腕を突っ込み、力を入れてギリギリと締め上げた。
「ぐっ、離しなさい!」
拘束から逃れるためにもがくセシリア。
俺は言われたとおりに、彼女を締め上げていた腕を離した。
「ちょっ、えっ!?」
明らかに面を食らった声を上げ、自分の込めた力の勢いを殺せず、地面に突っ伏すようによろけるセシリア。
「終わりだ」
俺は最後の一押しに、セシリアの背中を手のひらで軽く押した。
彼女は「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げ、地面に倒れ込む。
セシリアの膝は――完全に地面へと密着していた。
「勝負、終わりッ! 勝者、リオン殿!」
センリの審判が、下される。
次の瞬間、フィオナとユーノの歓声が草原に響き渡った。
「凄いですリオン! やっぱりあなたは私の最高の夫です!」
「搦め手ばっかりだったのはアレだけど、勝ってよかったねー、リオン!」
フィオナ、ありがとう。
ユーノ、勝負には搦め手も重要だぞ。
俺は二人に向けて、ぐっと親指を上げて微笑んでみせた。
「ちょっと待ちなさい、リオン!」
「なんだ、セシリア」
「あんたねぇ、いくらなんでもやり方がずる賢すぎるのよ! 間抜けな負け方をしたあたしの身にもなりなさいっての!」
「本気の勝負にずる賢いもなにもないだろ。勝ったほうが正義だ」
俺は頬を膨らませているセシリアを見つめる。
彼女は俺が最初から仕組んでいた思惑に、ようやく気付いたようだった。
「……カイルとの戦いであんたはわざと障壁以外の魔法を使わなかった。それは魔力を温存して、あたしに全力をぶつけるため。そしてこの草原というフィールドを選んだのも、あたしが一番得意とする炎の魔法を使わせないようにするため。つまり標的は最初からあたし一人に絞っていた」
「大当たりだ、セシリア」
「ふん、小狡いやり方だわ。とてもじゃないけど、格好いい男のやることじゃない」
「格好良くなくていいのさ、俺はな」
剣術も魔法もカイルとセシリアに劣る俺にできる唯一のやり方。
それは、策を弄して搦め手で勝利を掴み取ること。
何もかもが中途半端だからこそ、俺はこのやり方を今の今まで極めてきたのだ。
弱者でも強者に勝てる。
それを証明してみせた。
「さあ、エミィ。俺はセシリアに勝った。これでお前達は元の街に戻ることになる」
「ぐぬぬ……リオンくん……!」
エミィは両手を強く握りしめて、怪しげな眼光を迸らせながら震えていた。
「まだわたしが残っているよ――喰らえ、エミィ・パーーーンチ!」
「そう来ると思った」
俺はエミィの突き出してきた拳を避けて、お返しに足払いする。
「ふぎゅっ!?」
顔から地面に突っ込んだエミィは、尻を突き出した格好でダウンする。
言うまでもなく、膝は地面についていた。
「俺の勝ちだな」
「ふえぇ……リオンくん……」
ばっと立ち上がったエミィは泣き顔で、俺に抱きついてきた。
「嫌だよぉ……リオンくんと離れたくないよぉ……」
「エミィ……」
「ずっと一緒にいられると思ってた。わたしたちは家族のような関係だと思ってた。でも勝手にいなくなっちゃって、勝手にお嫁さんまで作ってて……わたし達との日々は、リオンくんにとってはとても軽い、無駄なものだったの?」
「違う。そうじゃない」
俺は本音を、泣きじゃくっているエミィに伝える。
「皆といられた時間は決して軽いものじゃなかった。無駄だとは一切思ってない。ただそうだな――人には適材適所というものがある」
「適材適所?」
「ああ、俺は冒険者パーティにいても大した役には立てない。だけど、故郷の村の大切な人達を守れるぐらいの力は、俺にもあるだろう」
「それが、リオンくんの出した答え?」
「そうだ。五年の間、中途半端な魔導剣士として生きてきた俺の答えだ」
「そっか。リオンくんがそう言うなら、その答えに従うのが一番なんだろうね」
エミィはごしごしと服の袖で涙を拭って、笑顔を見せた。
「――分かった。わたし達は街に帰るよ」
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