第14話 駄々っ子の挑戦状

「リオンくーーん!! 今日も来たよー!」

「帰れ」

「がーん!? 塩対応!?」


 カウンターの前でショックを受けるエミィ。

 俺は気にせず、材料を弄り、ポーションを作成する。


「ちょっと、妙なおクスリ調合してないでさ! わたしに構ってよー!」

「妙なおクスリって言うな。俺が作ってるのはポーションだ」

「そんなことどうでもいいよ! リオンくん、パーティに戻ってきて!」

「無理だ。俺はもうこの村で骨を埋めることに決めた」


 俺の素っ気ない言葉に、エミィが叱られた犬のようにしゅんと肩を落とした。

 彼女には悪いが、冒険者パーティに戻る気はない。

 俺はこの村に戻ってきてから、何気ない日常の尊さを実感した。

 今更フィオナやユーノ達から離れて、冒険という非日常に出るのはごめんである。


 スローライフ、最高。


「リオンくん……あのね」


 もじもじとしているエミィが、上目遣いで俺の顔を窺う。


「リオンくんがパーティを抜けたのって、わたしのためでもあるんでしょ? ほら、わたしの実家は貧乏だから……リオンくんが抜けた分だけ、冒険で得たお金がわたしに多く分配される。それを意識してくれたんでしょ?」

「……別に。俺はカイルから脱退しろと言われたから脱退しただけで」


 エミィの言っていることは、実は図星だったりする。

 パーティを抜ける前から、俺はエミィの実家を心配していた。

 もともとエミィは貧乏な実家に仕送りをするために、先天的に有していた魔力を活かせる冒険者パーティに加わったのだ。


 彼女はパーティで足を引かないよう、必死に努力をして様々な補助魔法を覚え、今では都内でも有数の魔導士に成長している。


 その努力を間近で見てきた俺は、いつの間にかエミィを心のなかで応援するようになっていた。


 だから、俺が抜けた分だけ多くの金がエミィに分配される件については、意識したと認めざるを得ない。


「もう~リオンくんってば優しいんだから~」

「うるさいな。仕事の邪魔になるから、さっさと出ていってくれ」

「分かった。今日は大人しく帰る。でも明日も来るから、覚えてろよー!」


 エミィはそう言って、ささっと店から出ていった。

 俺は嘆息し、作り終えたポーションを棚に並べる。

 今まで接客をしていたフィオナが近づいてきて、俺に耳打ちする。


「本当にいいんですか? あの子、このままだとずっと店に来ますよ?」

「仕方ないだろう。しばらくは我慢するさ」

「リオンもまた強情ですね」


 数年間エミィと一緒のパーティにいたんだ。

 あいつの意地の強さはとっくに身に沁みている。

 彼女がこれから何度店に来ようとも、無視するか素っ気ない態度で追い返すだけだ。


 そう決意した日の後日。



 昨日のようにカウンター前にすっ飛んできたエミィは、なぜか興奮するようにはあはあと息を切らしながら、とんでもないことを言い放った。


「リオンくん! わたし達と勝負しよう!」

「……なぜそうなる」


 俺は頭を抱えた。

 エミィはビシっと人差し指を俺に向ける。


「リオンくんが負けたら、パーティに戻る。わたし達が負けたら、大人しく元の街に帰る」

「はあ……で、なんの勝負をするんだ?」

「それはもちろん、模擬戦だよ。わたしとカイルくん、セシリアちゃんであなたをぶちのめします」

「そんな勝負を俺が承諾すると本気で思っているのか?」


 だとしたら、こいつは相当の阿呆である。

 だがエミィは、なぜか自信満々そうにぺったんこの胸を張っている。

 

「悪くない条件じゃないかなぁ? リオンくんが勝てば、鬱陶しいわたしを追い返せる。営業妨害される日々とおさらばできるんだよ?」

「そうかよ。カイルとセシリアはなんて言ってるんだ?」

「リオンくんがいいと言ったなら、二人もやる気を出すって!」


 エミィはともかく、あの猛者二人にやる気を出されたら困るのだが。

 論外だ、と一蹴したら、エミィはその場で倒れ込んでジタバタと暴れだした。

 営業妨害すぎる。


「リオン、いいんじゃないですか?」

「おいフィオナ、なにがいいっていうんだ?」

「だって三人と勝負して勝てば、それでもうこの騒動は解決するんですよ?」

「あのな、フィオナ。言っておくが、俺は実力不足でパーティを追い出されてるんだ。そんな俺が、三人に勝てると本気で思っているのか?」

「ええ、思っています。私の最高にかっこいい夫は、誰にも負けないと心から信じていますよ」


 この時ばかりは、妻からの信頼が重かった。

 エミィが勢いよく立ち上がって、フィオナの両手を取る。


「フィオナさん! よく言ってくれました! あなたの声援さえあれば、あの無愛想な魔導剣士さんも重い腰を上げること間違いなし!」

「ふふ、今日も元気ですね、エミィは」


 なぜか二人はここ数日で仲良くなっていた。

 

「フィオナ……もし俺が負けたら、お前のそばから離れる羽目になるんだぞ」

「そうですね。でも、リオンは負けません。これは絶対です」

「……はぁ」


 ガシガシと髪を掻きむしって、俺は折れた。

 いいだろう、俺も男だ。

 妻からここまで言われて腰を上げないのも魂が腐る。


「――エミィ、カイルとセシリアに伝えろ。『挑戦を受けて立つ』とな」


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