第12話 謎のモフモフと謎のシスター
今日は定休日なので、フェイの様子を見に行こうと思い、孤児院に赴いていた。
庭で子供達を遊ばせているエリーゼが俺に気付くと、まるで貴族のご令嬢のように上品な笑顔を浮かべ、一礼する。
「あらあら小鳥さん、いらっしゃってくれたのね」
「毎回思うんだが、その小鳥というのは俺のことか?」
「ええ、ええ、そうですとも。あなたはさまよえる一羽の小鳥。幸福の青い鳥として羽ばたけるには果たしていつになるのかしら」
「は、はぁ……」
エリーゼの言うことは、なんというか……抽象的すぎてよく分からない。
俺は適当に愛想笑いをして、孤児院のドアを開いて中に入る。
この院は教会によく似た内装であり、長椅子がいくつも並べられている礼拝堂には複数の子供達がいた。
「フェイ、いるかー?」
「……ん」
俺の呼びかけに、短い声が返ってくる。
フェイは他の子供達と少し離れた長椅子に座っていた。
「フェイ、今日は外に出てなかったんだな」
「……いまからいく」
「そうか。俺もついて行っていいか?」
「……ん」
彼女は頷いて長椅子から立つと、とてとてとドアのもとへ歩き出した。
最初は俺を警戒していた彼女だが、今はご覧の通り、短い会話なら成り立つほどには距離が縮まっている。
小さな体で精一杯ドアを開いたフェイは、庭を通り抜け、いつもの草原へと駆ける。俺は小走りで彼女の背中を追った。
草原に辿り着いたフェイは、こちらに振り返った。
そして俺をじーっと見上げる。
「どうした、フェイ?」
「……リオンはフェイのおともだち?」
「俺はそうだと思っている。フェイは違うのか?」
「……ううん、いっしょ。だからほかのおともだち、しょーかいする」
どうやらフェイは友達を紹介してくれるらしい。
恐らく、というより十中八九、動物だろう。
「ぴゅー」
フェイは親指と人差し指を口に挟み、見事な口笛を吹いてみせる。
すると、森の草陰からガサガサと何かが動き始める。
「おいで、ロコ」
フェイが両腕を広げると――勢いよく飛び出してきたのは、小動物であった。
白い体毛を持つ小動物はフェイの胸に飛び込み「きゅーきゅー」と鳴いてみせる。
「その子が友達か?」
「うん。なまえは、ロコ」
「ロコか」
「きゅーきゅー」
ロコが俺を見て鳴いている。
……こいつは、何の動物なんだろう。
一見すると白い犬や狼に思えるが、全体的に体毛が外ハネしている。
そして、小動物ながらに鋭い瞳と牙を有している。
とりあえず俺は、ロコの頭を撫でようと手を伸ばした。
「きゅー!」
……噛まれた。
牙が皮膚に食い込み、これがなかなか痛い。
「こら、ロコ。かんじゃだめ」
「きゅーきゅー!」
フェイが静かに叱りつけると、ロコは俺の手から口を離した。
どうやらフェイの言うことは素直に聞くらしい。
となると、人語を認識できる動物なのだが、そんな知能の高い動物は俺が知る限りでは少ない。
「ロコと出会ったのはいつだ?」
「けっこう、むかし。いちねんまえぐらい?」
「そうか。フェイはロコに噛まれた経験はないのか?」
「ない。ロコはやさしい」
そのわりには、さっきから俺を威嚇している気がするのだが。
そんなロコのモフモフとした体毛に頬を擦り付けるフェイ。
お返しとばかりに、ロコは舌を出してフェイの頬をペロペロと舐めた。
「ふふ、くすぐったい」
フェイが珍しく、笑顔を見せる。
俺やエリーゼ、孤児院の子供達には見せない表情を、動物相手には見せるフェイ。
「フェイは、人間のことが嫌いか?」
俺がそう聞くと、フェイがうつむく。
ペロペロとロコに頬を舐められているなかで、ぽつりと彼女は呟いた。
「きらい……じゃない。リオンは、すき」
「俺だけか? エリーゼや孤児院の皆は?」
「……わかんない」
「そうか」
俺は微笑んで、フェイの頭をそっと撫でた。
フェイはロコに舐められた時と同じ「……くすぐったい」という言葉を小さく漏らした。
昼食の時間のため、ロコを森の中へと返した後、孤児院に戻る。
「小鳥さん、今日は一緒に昼食を召し上がっていきませんか?」
「いいのか?」
「ええ、構いません。ちょっと多く作りすぎてしまったのです」
エリーゼは食事を作る役目も担っている。
彼女の作る料理に興味があったので、ありがたくご相伴にあずからせてもらうとしよう。
俺は孤児院の子供達と一緒に、昼食を摂った。
ちなみにエリーゼの作る食事はかなり美味かった。俺の妻と良い勝負をするほどに。
「小鳥さんはフェイと仲良くなれたかしら?」
昼食が終わり、そろそろ家に戻ろうかと思った時、エリーゼが歩み寄ってきた。
俺は、相変わらず他の子供達と離れた長椅子に座ってじっとしているフェイを横目で見ながら、応える。
「まあ、そこそこは。少なくとも嫌われてはないように思える」
「ふふ、ならばよいのですが」
そこでエリーゼは笑顔をやめ、無表情になった。
まるでフェイがそうするように、じっと俺を見つめる彼女の碧眼に、吸い込まれそうになる。
――そういえば、エリーゼはフィオナに似ているな。
「あらあら、小鳥さんったら。情熱的ね?」
「――え?」
俺は気付けば、エリーゼの左の乳房に手を添えていた。
慌てて、手を離す。
なんだ今のは?
俺は自分でも全く気付かないままに、エリーゼの乳房を揉もうとしていた。
まるで何者かに操られていたかの如く。
「わたくしと、したいのなら……今日の真夜中にでも――」
「いや、俺には妻がいるんで」
俺はすり寄ってくるエリーゼを引き離し、孤児院から出た。
「なんなんだ、あの女は」
エリーゼはただのシスターではない。
やはり彼女は、かつて魔王軍の四天王の座に君臨していたエリーゼと同一人物なのだろうか。
「不死王エリーゼ……もしあの女がそうだとしたら、幻惑の術やなにかを使っていてもおかしくないな」
俺は、未だにエリーゼの乳房の柔らかさを覚えている左手を見て、ひとりごちた。
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