第10話 開店

 フェイの心を開こうと何日か孤児院に出向いたが、彼女は相変わらず無口で無表情なままで、進展はなかった。


 そして、発注した商品が届く日になる。

 店の裏口に業者が荷車を止め、商品に傷や破損がないか入念にチェックしていた。

 どうやら商品はすべて無事なようで、俺はセンリと共に荷車から取った商品を店の中に運んでいく。

 

「センリ、この杖をスタンドに立て掛けてくれ」

「承知した、リオン殿」


 センリに杖を渡す。

 彼女は背中を向け、壁の方を向いた。

 センリのふさふさの尻尾が揺れる。


 俺は閃光弾を起爆しないように注意しながら、ガラスケースに入れていく。

 棚にはポーションや解毒薬を置いた。


「できたぞ、リオン殿」


 センリの声に振り向くと、複数あるスタンドの全てに杖が立て掛けられていた。

 なかなか仕事が早くて助かるな。


 荷車と店を何度か往復して、ようやく商品を展示し終えた俺達。

 ふぅと息をついたら、センリが懐から小さくて丸いものを取り出した。


「東洋で大人気の塩飴だ。疲れに効くぞ」

「いただこう」


 俺はセンリから貰った飴の包みを開いて、口の中に放り込んだ。

 瞬間、口内に塩の味が広がる。


「しょっぱい……」

「我慢してくれ」

「そういえばセンリは和国出身なのか?」

「そうだな。だが幼少時に両親と共にこの大陸へとやってきた」

「その両親は今どこに?」

「とっくの昔に死んだ。魔王軍の配下に殺されてな」


 センリは無表情にそう告げた。


「すまないな、言いづらいことを聞いてしまった」

「構わない。両親の死など、とっくに乗り越えた事象だ」

「そうか。センリは強いな」

「強くならねば生き残れなかった、というのが正しい」

「両親が亡くなった後、どうやって生きてきたんだ?」

「魔王軍の配下から命からがら逃げた先でクレア様に拾われたボクは、いざという時の懐刀として鍛えられる毎日を送った。それだけだ」


 フェイといいセンリといい、難儀な人生を送っているな……。


 塩飴を舐め終える頃には、センリはすでに店からいなくなっていた。

 

「よし、店をオープンするか」


 俺の魔導具屋を営む生活が、いま始まる。

 意気揚々と店のドアに『オープン』と記された看板をぶら下げる。


 ――そして夕方になった。


「誰も来なかったな……」


 そう、店がオープンしたというのに、誰一人として客が来なかったのである。

 これはまずい。

 赤字必至である。


 何が悪いのかと思考しながら店の中をぐるぐる回っていると。


「やっほー、リオン。調子はどう?」


 今日も今日とて明るく元気なユーノが、店のドアを勢いよく開いて中に入ってくる。

 俺は肩を下ろして、ぼそっと呟いた。


「客、来ない」

「にゃはははは!」

「笑うなよ」

「だってさー、当然だよ。開店前の宣伝、一切やってなかったでしょ」

「宣伝か。忘れてたな」


 確かに宣伝をしないと、そもそも店の認知さえしてもらえない。

 なぜこんな初歩的なことに気付かなかったのか。

 俺には商売人の素質がないのかもしれない。

 

 気を落としていると、ユーノがくりくりとしたオッドアイで俺を見つめて言った。


「あたしが宣伝してきてあげよっか?」

「いいのか?」

「暇だし、いいよー」

「じゃあ、今からダッシュだ、ユーノ。でも夜になる前には家に帰るんだぞ?」

「あいあいさー」


 ユーノは王国軍式の敬礼をして、店から出ていった。

 ……なぜあいつは敬礼の仕方なんて知っているんだろう。


 しばらく店の中で待ったが、今日は客が来ることはなかった。


「ただいま、フィオナ」

「お帰りなさい、あなた」


 フィオナが夕食の準備をしてくれながら、俺の帰りを出迎えてくれた。


「今日はどうでしたか? お客さんの数は――」

「聞かないでくれ……」

「あらら……閑古鳥が鳴いてしまいましたか」


 察してくれたフィオナは、両腕を広げて「おいで」と言ってくれる。

 俺はフィオナの胸に埋もれるように抱きついた。

 愛する妻の香りに包まれた俺は、よしよしと頭を撫でられる。


「明日はきっと上手くいきますよ」

「そうだといいんだが」

「大丈夫です。いざとなったら、私が客寄せのために一肌脱ぎます」

「いや、脱ぐのは俺の前だけにしてくれ」

「そういう意味ではありません!?」


 顔を赤くしたフィオナに突っ込まれた。

 とにかく今日は疲れたので、夕食をとった後にフィオナと一緒に湯浴みをして、お互い全裸のまま布団で抱きしめ合って眠るのであった。



 翌日。

 朝早くから店に向かう。

 今日こそは客が来てくれると嬉しいのだが。


 神に祈りを捧げていると、おもむろにドアが開かれた。

 来店したのは、紫色のローブを着た男性である。


「ここが昨日開いたばかりの店か」


 きょろきょろと店の内部を見回す男に、俺は笑顔で頷いた。


「いらっしゃいませ」

「一つ欲しいものがある。ポーションなんだが……」

「ポーションならこちらに」


 俺は男を棚に誘導する。

 棚に陳列された商品を眺めた男は、不思議そうに問いかけてくる。


「よくこんなに仕入れたな。貴重な魔法式ポーションまであるとは」

「これは俺が作ってるんです」

「ほう。君もまた魔法の心得があるのか」


 どうやら男は魔導士だったらしく、魔法式ポーションを買っていった。

 ちなみにポーションと魔法式ポーションの違いは、使い捨てかそうではないかである。


 ポーションは瓶の中に入っている液体であり、飲めば傷を修復することが出来るが、一度か二度使えば液体が無くなってしまう。


 それに対し、魔法式ポーションは注射器のような形をしており、針を体に突き刺して魔力を注ぎ込んで使う。

 

 通常のポーションと違い、自身の魔力が尽きるまで使用できるため、回復魔法を扱えない魔導士には重宝されている。まあ、それなりに値段は張るのだが。


「よし、この調子でどんどん客が来てくれ」


 俺が期待を込めて言うと、その期待に応えるかのように再度ドアが開かれる。

 結局この日は、十人ほどの客が来てくれるのであった。


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