第9話 自然を愛する幼女
仕入れた商品が届くまで暇だ。
俺は暇潰しのため、クレアさんの屋敷に出向いていた。
「毎度毎度、なぜ貴様は我の屋敷に来る?」
「暇なんです」
「愛する妻と乳繰り合っておればいいではないか」
「もちろんフィオナとは毎日愛し合ってますよ。それでもやっぱり外に出て何かやっておきたくて」
「だからと言って我の屋敷に来るな。なぜ村人の暇潰しに村長の我が付き合わなければならんのだ?」
そう言いながらも毎回相手してくれるクレアさんの不器用な優しさが心に染みる。
クレアさんはパジャマ姿で素足を組んでソファに座り、紅茶を優雅に嗜んでいる。
ふと俺は、百年以上も見目麗しい少女の姿を保ち続ける村長を疑問に思った。
「竜人族は皆、歳を取ってもクレアさんのように外見が固定されるんですか?」
「まあ、そうだな。我らは基本的に成人したら、その姿のまま歳を取っていく。我はわけあって成人する前に成長が止まってしまったから、このような外見なのだ」
「わけあり、か。謎多き村長だな」
「女は多少、謎を持っていたほうが魅力的になる。覚えておけ、小僧」
クレアさんは紅茶を口に含み喉に流し込むと、立ち上がった。
そして、突然パジャマを脱ぎ捨てて、下着姿になる。
「なにやってるんですか。なんのサービスですか」
「着替えだ。貴様、そこで少し待っていろ」
クレアさんはそう言って、ロビーを後にする。
俺は雑に脱ぎ捨てられたパジャマを拾って広げ、シワをなくしておいた。かすかな女の匂いが鼻をつく。
しばらくすると、赤と黒の色が入り混じったゴシックドレスに身を包んだクレアさんが戻ってくる。
「暇ならば我についてこい」
「このパジャマはどうすれば?」
「ソファの上にでも置いておけ。行くぞ」
クレアさんに連れられ、村を歩いていると、村人達から頻繁に声をかけられる。
今日もお美しいですね、とか、リオンとデートですか、とか。後者は完全に茶化されているのだが、クレアさんはフンと鼻を鳴らして無視をする。
やがて辿り着いたのは、村はずれの孤児院だった。
まだ真新しさの残る外観をした孤児院の庭では、子供達がきゃっきゃと遊んでいる。
「この孤児院、俺が村にいた頃にはなかったような」
「そうだな。三年前の村の改修時に建てられた」
「それで、孤児院になんの用が?」
「貴様には、とある孤児の相手をしてもらおうと思ってな」
子供の相手をするのは苦手だが、クレアさんの頼みとあらば承知するしかなかろう。
俺は頷き、クレアさんと共に庭を抜け、孤児院の前へと歩いた。
クレアさんがドアをノックすれば。
「あらあら、小さな村長様。今日は何用かしら?」
ふわふわの金髪を靡かせ、修道服を着た存外若い女性が、朗らかな笑顔で俺達を出迎えてくれる。
「エリーゼ、フェイはどこにいる?」
「あの子ならば、いつもの場所で小動物と戯れているでしょう」
この金髪の女性の名はエリーゼというらしい。
……その名に俺は聞き覚えがあった。
かつてこの大陸を支配していた魔王軍。その中でも選りすぐりの猛者である四天王の一人に、他ならぬエリーゼという名の女がいたのだ。
その女は魔王が倒されたその日に、行方をくらませている。
まさか……目の前にいるエリーゼは。
「おい貴様、何を呆けておる」
「……なんでもありません」
「あらあら、小鳥さん。わたくしを情熱的に見つめて、恋情的な想いに耽っているのかしら?」
「いえ……俺には妻がいるんで」
「それはそれは、素敵なことだわ」
エリーゼは相変わらずにっこりと笑っている。
俺は彼女に対して、愛想笑いした。
「やれやれ、全くあの小娘は……おい小僧、フェイを探しに行くぞ」
「そのフェイという子が、俺が相手をする子ですか?」
「そうだ。フェイは無口で無表情な娘でな。大人相手に懐かないばかりか、同年代の子供達ともなかなか遊びたがらない」
気難しい子なのだろうか。
このご時世、戦災孤児はたくさんいる。
フェイもまた戦災孤児だとしたら、心に傷を抱えている可能性があった。
その傷が今もなお彼女を孤独足らしめているのならば。
「俺の役目は、フェイの心を開くことですか」
「そういうわけだ。頼んだぞ、若人よ」
クレアさんはそう言って、さっさと屋敷へと帰っていった。
取り残された俺は、エリーゼに連れられて、フェイが一人で遊んでいるという場所に案内された。
そこは拓けた草原であり、森が隣接している。
その森の付近に、一人の小さな子供が、リスや小鳥を頭に乗っけて座り込んでいた。
クリーム色の髪をした幼女は、俺達に気付くと、ぷいっと拗ねるように顔をそむける。
「フェイ、今日も動物達と遊んでいたのね」
エリーゼの問いかけに、フェイはこちらを向かないまま、こくりと頷く。
その動作により、頭に乗っかっていたリスと小鳥がさっと逃げ去っていく。
「あっ……」
フェイは短い声を出して、どことなく名残惜しそうな表情を見せた。
「ごめんな、フェイ。友達を追いやってしまって」
しゃがみこんでフェイと目線を合わせながら声をかけると、彼女はようやくこちらを向いた。
「……だれ?」
「俺はリオン。最近この村に戻ってきた魔導剣士だ」
「まどーけんし?」
「ああ、そうだ」
フェイはしばらく俺を大きな瞳で眺めた後、またもや顔をそむける。
「けんし、きらい。らんぼーだから」
ただそれだけぽつりと呟いて、フェイは立ち上がると、孤児院のほうへと駆けていった。
「……嫌われてしまったかな」
「ふふ、どうでしょう。あの子が口を利いただけでも、稀なことなのよ」
エリーゼは相変わらずニコニコと笑っている。
俺は孤児院のシスターである彼女と視線を合わせて、苦笑するのであった。
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