第2話 幼馴染との再会

 何台か馬車を乗り継いで、ようやくセロル村の入り口に到着する。

 時刻はすでに夕方を超え、夜の帳が下りようとしていた。


 御者にお礼を言って馬車から降りた俺は、荷台に積まれていた荷物を取った。

 愛用の剣を腰に下げ、多少の魔導具や衣類などの入った袋を背負い、故郷の地を踏みしめる。


 五年ぶりに訪れた村は敷地が増え、広くなっていた。

 それもそのはず、ここは英雄の出身地であり、観光として訪れる者も少なくないはずだ。

 そのため、領主が村全体の改修を行ったのだろう。


「夜にもかかわらず、賑やかだな」


 人の数は昔よりも圧倒的に増えている。

 俺がいた頃は、この時間にもなると村人は皆、帰路についていたものだが。


「待て、そこの剣士」


 声をかけられた。

 低い声音だったが、女の声である。

 俺が足を止めれば、側面から足音も立てずに忍び寄ってくる影があった。


 その影は、やはり女の姿をしていた。

 銀色の髪と褐色肌が目につく、狼の耳と尻尾を生やした狼人族の少女だ。

 彼女の眼光は鋭く、月の光によって細められた瞳がギラギラと発光していた。


「なにか用か?」

「それはこっちのセリフだ。貴様、この村に何用だ?」

「俺はセロル村出身の魔導剣士だ。わけあって村から出ていたが、数年ぶりにここに戻ってきた」

「……そうか」


 少女の視線は俺の腰に注がれている。

 もっと端的に言えば、俺の剣を見て少女は警戒している。

 なるほど、と少女のあてがわれている役目を推察した。


「あんたは村の用心棒か」


 少女は頷いた。

 よく見れば、彼女の腰にもまた剣が差されている。


「俺は怪しいものじゃない。だからここを通してくれないか」

「そのつもりだ。通るがいい」


 少女は俺の通行を許可すると、また音もなく去っていく。

 張り詰めた空気が解けた瞬間、俺は息を吐いていた。

 あの用心棒……なかなかの強者だ。

 戦士の勘が彼女の強さを敏感に察知していた。


「とりあえず、俺の家は残っているだろうか」


 村の中を歩き、記憶通りに道を辿れば、一つの小屋が見えてくる。


 俺は孤児である。両親は流行り病で死んだ。

 だから俺は村の大人たちに援助をしてもらい、日々を生き永らえていた。

 この小屋は村長から貰った大切な我が家だ。残っていてよかった。


 ……とはいえ。


「灯りがついている。中に誰かいるのか?」


 訝しんだ俺は、腰の剣に手を添えつつ、小屋の扉をゆっくりと開く。


 小屋の灯りはどうやら複数のランプから発せられているもので、居間全体を照らしていた。

 そして俺は、居間で呆然と突っ立っている少女の姿を目撃する。


「お前は……」


 少女の容姿に、確かな懐かしさを感じ取った。

 ふわふわの金髪に、貴族の血が宿っている証拠の碧眼。

 目眩がするほど整った顔。

 彼女は今、驚きの表情をしていた。

 俺もまた、多少は驚いている。


 まさか、さっそく会えるとは思わなかった。

 俺の幼馴染の一人、フィオナが目の前にいる。


「久しぶり、フィオナ」

「リオン……!」


 フィオナが目元に涙を滲ませながら、俺の胸に飛び込んでくる。

 彼女の身体を優しく受け止めた俺は、微笑む。

 抑えきれない歓喜が、心の中を満たしていた。


「帰ってきたんですね、リオン!」

「ああ、帰ってきたよ、フィオナ」

「もう、遅いです! 魔王が倒されて三年も経ってから、ようやく戻ってくるなんて!」

「すまない。俺も、もっと早く戻ってくればよかったと実感したよ」


 泣きじゃくるフィオナの頭を撫でる。

 彼女は鼻をすすりながら、俺の顔を見上げた。


「リオン、とてもかっこいい男性になってます」

「お前も変わったな。昔は敬語を使うような性格じゃなかっただろうに」

「五年も経てば、女の子は変わるものですよ」


 そう言って、フィオナは淑女らしく柔らかな笑顔を湛えた。


 フィオナと共にしばらく再会の余韻に浸る。

 お互い肩を寄せ合って座り、過去の思い出を振り返る。

 居間の柱に設置されたランプの光に照らされているフィオナの横顔は、女神のように美しかった。


「本当にリオンが戻ってきてくれて嬉しいです。これからはこの村で暮らすんですよね?」

「そうだな。この小屋も残っていたし……そういえば、やけに小屋全体が綺麗だな」

「私が定期的に掃除していたんです。リオンがいつ戻ってきてもいいように」


 フィオナは五年もの間、この小屋を掃除していてくれたらしい。

 俺はフィオナの優しさに、胸が熱くなるのを感じた。

 無性に幼馴染が愛おしくなり、床に置かれていたフィオナの手の上に自分の手のひらをそっとかぶせた。


「ありがとう、フィオナ」

「リオン……どうしたんですか。震えてますよ」

「フィオナの優しさが嬉しいんだ。ずっと俺のためにここを守り続けてくれたんだなって思ったら、感動してしまってな」

「つまり、嬉しさで泣きそうなのですか?」

「そうだな。今にも涙が出そうだ」


 いまの言葉は冗談ではなく、切実な俺の心情だった。

 思えば、子供の頃からフィオナは俺の世話を焼いてくれた。

 勝ち気でやんちゃだった彼女は、家庭的な一面も持ち合わせていた魅力的な少女だったのだ。


 その少女がいま、成長して俺の隣にいる。

 身長も伸びているし、容姿の美しさにも磨きがかかっていた。

 五年前までは控えめだった乳房も、平均より大きく膨らんでいて、胸元の空いた上着からこぼれ落ちそうだった。


「色んなところが成長したなあ」

「ちょっとリオン、どこを見て言ってるんですか」

「おっぱいだが?」

「もう! 率直すぎです!」


 フィオナはほんのりと顔を赤らめて、胸元を腕で隠した。

 そして、なぜか「ふふ」と笑い出す。


「なにがおかしいんだ?」

「昔のリオンを思い出したんです。普段はクールなのに、女性のおっぱいの話題になると熱くなっていましたよね」

「そうだな……おっぱいは今も昔も好きだ」

「そういう正直なところ、リオンの美点だと思いますよ」


 そう言ってフィオナは立ち上がった。

 俺もまた床から尻を上げて、フィオナの正面に立つ。


「今日はもう帰りますね。完全に夜になってしまいましたし」

「送るよ。家の場所は変わってないんだろう?」

「はい、昔のままですよ」


 俺はフィオナを家に送ってから、もう一度小屋へと戻ってくる。

 一日中馬車に揺られてくたびれた身体が、気怠さと共に眠気を訴えてきた。


 寝所へ行くと、布団が丁寧に折りたたんであった。

 これもまた、フィオナがやってくれたんだろう。


 今日はとりあえず寝ることにして、明日から食い扶持を探すとしよう。


 愛用の剣をそばに置いて、布団に入った。

 すぐに眠りのうちに誘われる。


 夢を見た。

 それは俺とフィオナ、そしてもう一人の幼馴染が楽しく遊んでいる夢だった。

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