第50話「なくしもの」

 お風呂と夕飯をいただいたあと、ひまりのお部屋に入った。


 下着だったり歯ブラシだったり、買いに行こうとしたら必要な物は全部用意してくれてた。


 ちなみにひまりはあれだけスイーツを食べてたのに、普通に夕飯を食べてた。

 「甘いものは別腹でしょ?」とか言ってたけど、それって先に食べた場合でも適用されるのかな……。


 さらに食後のプリンをひまりと一緒に食べる。

 その膨大なカロリーは一体どこに行ってるんだろうって一瞬疑問に思ったけど、胸部がパツパツになったパジャマを見て腑に落ちた。


 スプーンを片手にひまりが話しを始める。


「ねぇ修くん、一体パパに何したの?」


「え? 何もしてないよ?」


「絶対うそっ、それか修くんが気付いてないだけ」


「どうしてそう思うの?」


「パパね? 昔から男の子のお友達は絶対におうちに上げさせてくれなかったんだよ? 今日だって、ママが無理矢理説得して上げさせたくらいなのに、それがお泊まりなんて……私がいない間に絶対なんかあった」


「僕にはひまりのお父さんって、とっても優しい人に見えるけど」


「ふふっ、やっぱり修くんって変。パパが授業参観に来た時にはみんな怖がってたよ?」


「まぁ確かに顔だけ見たら怖いかもしれないけどね。でも顔が怖いのと優しいは別だからさ」


「うん、そうだねっ」


 ひまりは改まるとあの頼み事をしてきた。


「ねぇ修くん、お話し聞いてくれる?」


「うん、なんでも聞くよ」


「あのね──」


 僕はひまりから中学生のときに何があったのか、全てを聞いた。

 とってもつらかったと思う。


 でも、もうひまりは前を向いてる。

 僕が掛けてあげるのは慰めの言葉じゃない。


 まだひまりには残ってる、大切なもの。

 それに気づかせてあげることだ。


「そっか……ねぇひまり、お友達はどうしたの?」


「……え?」


「ひまりにはさ、ここのお友達、たくさんいるでしょ?」


 多分、お友達が直接会いに来たこともあったんだと思う。

 ひまりのお母さんもどうしたらいいか分からなくて、ひまりと接触できてなかったんだろう。


「うん……いるよ」


「きっとね、話せば本当のこと分かってくれるよ。中には信じてくれないお友達もいるかもしれないけど、それでも信じてくれるお友達が1人でもいたら、そのお友達はきっとひまりにとって今後も大切な存在になってくれると思うんだ」


 このまま誤解されたままじゃ、あまりにも可愛そうだ。

 時間が掛かっちゃったけど、今からでも遅くない。


「うん、そうだよね……私……嫌われるのが怖くてお友達からも逃げてた……」


「また逃げたくなったら、僕を呼んで?」


「修くんを?」


「うん! いつでもひまりのそばに行くよ」


「……ありがとっ! 修くん!」


 ひまりは満面の笑みで応えた。

 もう、ひまりは大丈夫。


「ねぇ、修くん……こっち来て?」


 ひまりはベッドに腰掛けると、その横をポンと叩く。

 近くに寄ると、僕はひまりに引っ張られた。

 体育の時に転んだときと似たような体勢。

 ひまりの潤んだ瞳が僕を捉える。


「やっぱり……怖くなくなった……もう、大丈夫……」


 ひまりは僕の背中に腕を回し、僕の胸に顔をうずめた。

 だけどすぐに顔を離して不満の声を上げながら、しかめっ面をする。


「やだー、もぉ〜、なんで?」


「どうしたの?」


「修くんのじゃない……パパの匂いがする」


 このパジャマはひまりのお父さんのお部屋から借りたもの。

 僕にはよく分からないけど、ひまりにはお父さんの匂いだってすぐに分かるみたい。


「む、こうなったら……えいっ!」


「ひまり!?」


 ひまりは素早い手つきで僕のパジャマのボタンを一つ外す。

 そして少しだけ肌けた首元辺りに顔をうずめて、直にくんくんし始めた。


「今度こそ修くんの匂い……落ち着く……遥ちゃんが言ってたとおり……」


 僕もお風呂入ったのに、そんなに匂い分かるのかな。

 それと遥はひまりに何を言ったんだろう。

 というか遥はいつ僕の匂いを嗅いでたのか。


「ふふ〜、修くん……いい匂い……」


 ひまりからもお風呂から上がった後のいい匂いが強烈に漂ってきた。

 この体勢はやっぱりドキドキする。


「お願い事が終わったら、離してあげるねっ」


「お願い事?」


「夢にね? 出てきますようにって」


 そのまま僕はひまりに顔をうずめられた体勢を維持し続けるけど、僕もそろそろ限界だった。

 ひまりのふわふわした香り、肌に時折かかる微かな吐息、腹部に当たる女の子の柔らかな感触。


 こんなことされたら、嫌でも反応してしまう。

 男の子として、生物学上どうしても抗えない生理現象に。

 その時だった、意外な救世主が現れる。


 バンッ!


 ひまりのお父さんが勢いよく入ってきた。


「修司くん、そろそろ寝ようか」


「はい、じゃあ、おやすみ、ひまり」


「……ん……おやすみ……修くん……」


 僕はひまりの部屋を後にした。

 遠くから、可愛い牛の声が聞こえてきた。


 *****


 歯を磨いた後、通されたのは少し広めの和室。

 そこにはお布団が2つ、畳2つ分間隔を空けて敷いてあった。

 僕とひまりのお父さんはそれぞれお布団に入ってすぐに消灯。


 今日はいろんなことがあって、すぐには寝付けなかった。

 障子から差し込む月明かりの中、見慣れない天井を見つめる。

 少しするとお父さんから声が掛かった。


「修司くんは……いま好きな子はいるのか?」


 確かこの質問はひまりにもされた。

 おんなじことを訊いてくるなんて、やっぱり親子なんだなぁ。


 あの時は確かいないって答えたと思う。

 でも最近になって少しだけ、心境の変化を感じてた。


「えっと……よく分からないです」


「分からない?」


「多分お父さんが言ってるのは、お友達として好きな子って意味じゃないですよね?」


「……そうだ。一人の女として好きって意味だ」


「僕……なくしちゃったかもしれないんです。どこかに、置いてきちゃったかもしれないんです」


「……修司くんの言ってることは難しくておじさんにはよく分からないな。ホント、不思議な子だ」


「あっ、でもひまりのことはお友達として大好きですよ?」


「ありがとう。いまは・・・それで十分だ。寝る前に悪かったね、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


 寝つくまで、ひまりのお父さんが言った言葉を考えてた。

 僕には、よく分からない。


 気になる子はお友達として好きじゃ、ダメなのかなぁ。

 何だかモヤモヤする。


 モヤモヤするときって、大抵なくしちゃったとき。


 神谷さんもひまりも、とっても大好きなお友達。

 恋人になるって、どういうことなんだろう。


 どっちにしても、いまの僕は知らない。



 たぶん僕は──恋をなくした男の子。




 ★後書き★


 これにて二章完結です。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。


 二章はちょっと疲れました(特に後半)

 ちょっと重すぎましたね。


 三章はもうちょっと明るいテーマでお願いしますねお姉ちゃん(え、無理?)


 またストック期間に入ります。

 面白いアイデアが降りてくることを未来の自分に託します。


 また更新しましたら、ご一読宜しくお願いします。


 面白かったよって人で★まだの人はぜひお願いします。


 それでは──。

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