第292話 邪神ガレウス

「余を忘れているのではないか?」


「「「「!?」」」」


 蛇のように絡みつく魔力、心底を蝕む禍々しい気配、耳の奥深くを這い回る声。


「久方振りの地上だ……」


 身の丈は人間の倍以上、二対四本の巨腕が異様さを際立たせる。眼に光彩や瞳孔はなく、ただ仄暗く揺らめくのみ。全身を覆う黒衣の内側に、畜生の骸を鎧のように纏う。背に担いだ四本の剣は 歪な鋸刃の大剣だ。

 威風堂々たる悍ましい様、邪神の名に相応しい威容である。


「出たっすねガレウ……じゃなくてクソ神!」


「勇者アルテミアか、相変わらず不届きであるな」


「クソ神、カス神、ゴミ神、キモ神、どれもピッタリな呼び名っす……おっとうっかり、また不届きしちゃったっす」


 強烈な殺気に晒されながらも、アンナマリアは微塵も動じない。負けず劣らず殺気を放ち、真っ向からガレウスを睨み返す。


「んー……やっぱり役者は揃ってるっすね、クソ神はお呼びじゃないっす」


「人間の分際で不届き極まる、だがまあ聞き流してやろう。余こそ邪悪を統べる神、遍く生命を従え、須らく世界に君臨する存在である。矮小なる人間の戯言に、いちいち怒りを覚えることはない」


「神? ゴミの間違いっすよね?」


「減らず口も相変わらずか……まあよい。それより久しい肉体だ、少し肩慣らしをしておこうか」


 一歩、また一歩と両者は距離を詰め、ついには互いを間合いに捕らえる。

 直後ガレウスは四本の腕を斜交いに広げ、担いだ大剣を一息に振り抜く。十重二十重に放たれた斬撃は、とてもではないが肩慣らしの威力ではない。


「そうはさせないっすよ!」


 同時にアンナマリアも抜剣し迎撃、神懸かった剣捌きで斬撃を四方へと受け流す。

 四散した斬撃は大地を割り、地盤を抉り、ヴァンナドゥルガの胴体を中ほどまで切断する。上方へと逸れた衝撃は、分厚い雲を貫いて空の彼方へ。


「なっ、なんという威力だ……」


 異次元の攻防を目の当たりにし、エリザベスだけでなくスカーレット、カイウス、ザナロワまでも言葉を失い立ち尽くす。

 そんな中やはりアンナマリアは、変わらず露ほども動じていない。


「根暗で陰湿な斬撃っす、ネバネバしてて気色悪いっす……ところで千年前と比べて弱体化してるっすね」


「待ってくれアルテミア様、あの威力で弱体化!?」


「欠伸が出るほど弱々っす、さては年老いて衰えたっすね?」


「確かに不満の残る威力だな、復活直後で鈍っているようだ……」


 信じ難いことに両者は、先の凄まじい一撃を威力不足と評したのである。伝説に名を残す勇者と邪神、戦闘力のみならず判断基準まで規格外だ。


「さてそれじゃ、エリザベスちゃん達は魔人や魔物の相手をお願いっす」


「まさかアルテミア様お一人でガレウスと!?」


「もちろんっす!」


「いけない、私も一緒に戦う!」


 実力差は理解していよう、にもかかわらずエリザベスはガレウスに立ち向かおうとする。いささかも怖気た様子はない、まったく驚嘆に値する胆力である。

 そんなエリザベスの言葉を遮り、アンナマリアは優しくニッコリ。ウルリカ様の笑顔に並んで、この世で最も頼りになる笑顔だ。


「まあまあ、邪神の……ゴミの相手は勇者に任せておくっすよ」


 優しい笑顔を崩さないまま、殺気全開でガレウスの前へ。威風堂々たる気高い姿、勇者の名に相応しい風格である。


「いいだろう、千年前の決着をつけよう」


「臨むところっす!」


 相対するアンナマリアとガレウス、ついに勇者と邪神の一騎打ちへ──。

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