第290話 雪辱戦

 邪神ガレウスの復活、最上位魔人の参戦、そして魔物のアンデット化、ガレウス邪教団の攻勢により戦局は荒れに荒れる。

 特に両軍の衝突地点は大荒れ、アブドゥーラの出現で辺り一帯は火の海と化していた。


「ウオオオオッ!」


 アブドゥーラは炎を纏い巨大化、燃える巨腕で敵味方を問わず薙ぎ払う。野砲の一斉砲撃を受けるもお構いなしに大暴れ、生半可な攻撃では止まらない。


「脆い、脆すぎるぞ人間! このまま焼き払って──むぉ!?」


 生半可な攻撃では止まらない、とはいえ無敵というわけではない。

 陸上艦ロイヤルエリッサから放たれた、大口径の砲弾が直撃したのである。最上位魔人といえども、無傷で受け切れる代物ではない。


「あれは南ディナール王国を襲った魔人だな? あの時は辛酸を嘗めさせられたが……今回はそうはいかない、今こそ雪辱を果たす時!」


「「「「「オオウッ!」」」」」


 ロイヤルエリッサの艦橋では、ハミルカルを筆頭に大勢の兵士が気炎をあげていた。

 かつて南ディナール王国は、ザナロワとアブドゥーラの襲撃を受け大損害を被っている。つまりアブドゥーラは南ディナール王国にとって仇敵というわけだ。


「フッ……フハハハハ!」


「主砲の一撃を受けて立ちあがるとは……っ」


「手応えのありそうな相手だ、面白くなってきた!」


 ロイヤルエリッサの一撃を受け、アブドゥーラはそれなりの深手を負っていた。しかし闘志は衰えることなく、むしろ強敵の出現により燃えあがっている。


「さあこい人間、もっと俺を楽しませろ!」


「いいだろう……全速前進、憎き魔人に天誅を下せ!」


 燃える戦場を舞台に、戦艦と魔人が激突する。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 時を同じくしてガーランド、パルチヴァール、トーレスは、静かな緊張の直中にあった。というのもリィアンを追っていたのだが、姿を見失ってしまったのである。


「もしや逃げたられか?」


「いえ、恐らくは近くに潜んでいるものかと」


「……そこだ!」


「うぅ……!?」


 動いたのはトーレスだ、何もない空間に猛烈な勢いで突進し、大気の幕ごと隠れていたリィアンを吹き飛ばす。


「……ふんっ、もはや完全に見切った!」


「空気の揺らぎ、景色の違和感、魔力の気配。たとえ姿を消そうとも、そこに存在する痕跡は消せません」


 パルチヴァールとトーレスにとって、リィアンは因縁深い相手である。かつての戦闘において二人は、出会い頭の不意打ちで殺されかけているのだ。

 だからこそ敗北を糧に鍛錬を積み、対策を練り、ついには大気の隠れ蓑を看破するに至ったのである。


「……!」


「ほう、トーレスの一撃を受けて無傷か……」


 真正面からぶちかまされたにもかかわらず、リィアンは傷一つ負っていない。吹き飛ばされる瞬間、自ら飛び退くことで衝撃を和らげたのである。


「殺す……っ」


「追いかけっこは終わりのようだな」


「私達にとっては雪辱戦、必ず仕留めますよ!」


「……応っ!」


 王都ロームルスでの戦いからおよそ半年、聖騎士と魔人は再び相対する。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 一方こちらはロムルス王国、南ディナール王国、アルテミア正教国連合の本営。総指揮を務めるアルフレッドの元へ、兵士の波が押し寄せていた。


「アンデット化した魔物が──!」


「アルテミア様は専用馬車で先ほど──!」


「燃える巨人は南ディナール王国の陸上艦と交戦──!」


 目まぐるしい戦況の変化に伴う、報告の声が止まないのである。もはや誰の話を聞けばいいのやら、さっぱり分からない状況だが──。


「なるほど……アンデット化した魔物の対応は、アルテミア正教国の神官騎士団に任せましょう。燃える巨人はガレウス邪教団の魔人です、南ディナール王国の陸上艦ならば後れは取らないはず。制空権を奪われないよう、野砲による制圧射撃を絶やさないよう注意してください」


 混沌とした状況下にあって、アルフレッドは極めて冷静だった。速やかに状況を把握し、的確に指示命令を下す、実に見事な指揮能力である。


「お兄様……流石ね……」


 すぐ傍ではクリスティーナが、寝そべりながらアルフレッドの指揮を眺めている。もちろんサボっているわけではなく、先制攻撃で消耗した魔力の回復を図っているのだ。


「ところで……お兄様……、少し……問題発生……」


「おやクリスティーナ、問題とは──えっ、何を!?」


「解除魔法……リムーブ……」


 止める間もなくクリスティーナは、兵士達を魔法の光で包み込む。

 すると幾人かの兵士が、苦悶の表情を浮かべ倒れていくではないか。隊長を務めていた一人を除き、完全に意識を失っているよう。


「これは一体どういうことだ!?」


「お兄様……気をつけて……、そいつは敵……恐らく魔人……」


「くうぅ……クフフッ、なぜ気づいた?」


「やっぱり……、以前エリッサ王女と……私を攫った……、確か名前は……ラリップス……?」


「ラドックスですよ、失礼な王女様ですね。それにしても驚きました、まさか私の侵入に気づくとは」


「ゲスっぽくて……ドブ臭くて……、気色の悪い……魔力を感じた……」


「なるほど……」


 ラドックスは他者の精神を侵食し、自らの分身として操ってしまう。その存在をクリスティーナは一早く察知、紛れ込んだラドックスを炙り出したのである。


「その魔法……少し厄介……、だけどもう……通用しない……」


「実に見事です、褒めて差しあげましょう。ところで王子様と王女様、こんな所で私の相手をしている場合で?」


「……どういう……意味……?」


「クフフッ……ロームルス城の警備は手薄ですね、どうやら人手不足のご様子。ゼノン王とエリッサ王女は謁見の間ですか、大臣や貴族も集まっていますね」


「まさかロームルス城に!?」


「クフッ、クフフフッ……」


 ラドックスの語った内容は、ラドックスに精神を支配された何者かが、ロームルス城に侵入していることを意味している。

 戦争に人員を割いたことで城の警備は手薄、内部から攻撃を受けようものならひとたまりもないだろう。


「お兄様……ロームルス城へ……戻って……、お父様達を……お願い……」


「「「「「クフフッ、逃すはずないでしょう?」」」」」


 どこに潜んでいたのやら、気づけば虚ろな目をした兵士が周囲を取り囲んでいた。一糸乱れぬ振る舞いを見るに、ラドックスの支配下にあることは明白である。


「「「「「ではクリスティーナ王女から、また袋叩きにしてあげますよ」」」」」


「遠慮しておく……、解除魔法……リムーブ……!」


「「「「「くっ……!?」」」」」


 先ほどと同じく解除魔法、強力無比な解放の光はラドックスの精神侵食をまとめて掻き消す。未だ支配下に置かれている兵士は数名、クリスティーナは一度の魔法で大半の兵士を解放してみせたのである。


「ふふっ……、今度は私が……袋叩きにしてあげる……」


 クリスティーナにとってラドックスは、かつて死の淵に追いやられた怨敵である。雪辱を果たす絶好の機会を前に、クリスティーナの闘争心は最高潮だ。


「覚悟しなさい……、ラ……ラゴッスル……!」


「ラドックスですよ、クフフフッ……」


 それぞれに因縁ある魔人との、雪辱戦の幕が切って落とされる。

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