第286話 兇獣

 薄墨を撒いたような空、曇天に舞う鋭い風。

 王都ロームルス北方の平野は、物々しい雰囲気に包まれていた。戦列を組む多様な兵士、砲身をもたげる無数の野砲、さらには巨大陸上戦艦。ロムルス王国、南ディナール王国、アルテミア正教国による連合軍である。


「ハッハッハッ、やはり戦場の空気は肌に馴染む!」


「まったく緊張感に欠ける、静かに構えていられないものか……」


「相変わらずガーランドは堅物だな!」


 戦列の先頭には、六名の聖騎士が並び立つ。エリザベスを中心に、スカーレット、カイウス、ガーランド、パルチヴァール、そしてトーレス。いずれもロムルス王国が誇る、一騎当千の猛者達である。

 加えてエリザベスの背後で、ひっそりとクリスティーナも待機。王族二人を最前線に配するという、稀に見る大胆な配置だ。


「やっぱり……戦場は苦手……、ねえエリザベス……今からでも……後方に戻らせて……」


「何を言うのだ、姉上はいてもらわなければ困る! それに騎士は最前線で戦ってこそ!」


「あのね……私は……騎士じゃないからね……」


 どうやらエリザベスの意向により、クリスティーナは戦列に加わっているらしい。何か狙いがあるのだろう、それにしても最前線は気の毒である。


「私は……どちらかといえば頭脳派……、指揮を執る方が……向いてると思うの……。でも……最前線だと……指揮を執り辛い……」


「それは父上や兄上の仕事だろう、私達は戦場で剣を振るうべき!」


「あのね……でもね……、私達は王族でしょう……だから後方で……」


「私は王族である前に一人の騎士だ、そして戦場こそ騎士の居場所なのだ!」


「だからね……私は……騎士じゃないのよ……」


 エリザベスの脳筋具合は最高潮に達している、残念ながら何を言っても通じない。だが尚もクリスティーナは食い下がり、後方待機を──。


「ゴオオオォ……ッ!」


「「!?」」


 後方待機を訴えようとした瞬間、激しい衝撃に襲われる。

 重く圧しかかるような、内臓まで揺さぶるような咆哮。慌てて地平線に目をやると、そこには襲いくる巨大物体の姿が。ひたすら真っ直ぐ平野を縦断し、あっという間に目前まで迫る。


「ゴオォ、ゴオオオッ!!」


「突っ込んでくる……、いえ……止まった……? 違う……浮きあがって……、立ちあがって……!?」


「あれは……あれは生き物だ、巨大な魔物だ!」


「魔物……あの大きさ……、まさか……兇獣……!?」


「兇獣? 兇獣ヴァンナドゥルガか!」


 地中より現れし魔物、名は“兇獣ヴァンナドゥルガ”。

 山をも見下ろす圧倒的な巨躯、全身を覆う硬質な岩石、巨体を支える極太の八つ足。異様にして超常の存在、伝説級の魔物である。


「背中に違和感……穴ボコだらけ……、妙に規則的……なぜ……?」


「背面の岩石を掘り、内部に空間を作っているのだろう。恐らくあの魔物は敵の基地、動く要塞というわけだ」


「要塞……だったら当然……出てくるわよね……魔物……」


 エリザベスの推測通り、ヴァンナドゥルガはガレウス邪教団の要塞と化していた。

 そしてクリスティーナの推測通り、解き放たれる邪教の軍勢。地上にはウルフやオーク、上空にはドラゴンやグリフォン、押し寄せる魔物の大津波である。


「凄い数……それにあの色……、お得意の……アンデットね……」


「厄介だな……しかし、アンデットとて不死身ではない! 気合を入れろ、迎え撃つぞ!」


「「「「「オオオオォッ!!」」」」」


 双方一歩たりとも退かず、両軍ついに衝突する。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 最終章突入からここまで、時間や場面がコロコロと変わって混乱しがちかも……と思い全体の流れをまとめました、よろしければ展開の整理にお役立てください。


【一日目】

13時~14時

 ウルリカ様が魔界へ帰省する (エピソード「北の大国」)。

18時~19時

 ヴィクトリア女王が王都を発つ (エピソード「北の大国」)。


【二日目】

夕方~夜

 ヴィクトリア女王が捕らわれの身となる。


【三日目】

19時~20時

 ナターシャが失踪する (エピソード「失踪」)。


【四日目】

10時~11時

 アンナマリアとエリッサがロームルス城に着く (エピソード「変乱の気配」)。

 ナターシャとヴィクトリア女王が合流する (エピソード「アルキア王国」)。

11時~12時

 邪神ガレウスが時空間魔法を発動する (エピソード「アルキア王国」)。

 ガレウス邪教団が侵攻を開始する (エピソード「狡知なる戦略」)。

12時~13時

 下級クラスとゴーヴァンが救出部隊を結成する (エピソード「思いは一つ」)。

14時~15時

 ウルリカ様が世界間の障壁に気づく (エピソード「空は怯え、海は慄く」)。


【五日目】

0時~1時

 救出部隊が王都を発つ (エピソード「時々刻々」)。

2時~3時

 兇獣ヴァンナドゥルガがロムルス王国内へ侵入する (エピソード「時々刻々」)。

5時~6時

 王都ロームルスに兇獣ヴァンナドゥルガ侵攻が知らされる (エピソード「時々刻々」)。

11時~12時

 救出部隊が兇獣ヴァンナドゥルガに遭遇する (エピソード「時々刻々」)。

14時~15時

 両軍衝突 (エピソード「兇獣」)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る