第285話 時々刻々

 ──深夜。


 ヴィクトリア女王とナターシャを救出するべく、下級クラス並びにゴーヴァンは王都を発とうとしていた。

 夜間の移動は危険を伴うものである、しかし朝を待つ余裕はない。捕らわれているであろう二人を、一刻も早く助け出さなければならなのだ。


「ではお父様は……」


「ロームルス学園で待機するならば見守り、救出に向かおうとするならば同行。行動のいかんによらずシャルロット様を守り、あるいは支援するよう命を受けております」


「そうでしたのね、ササッ……」


「「「「「サササッ……」」」」」


 ゴーヴァンは下級クラスを先導しつつ、道すがら同行までの経緯を語って聞かせる。


「本来ならば正式に部隊を編成し、救出を目指すべき状況。ですが今は見習いの兵士まで動員し、ガレウス邪教団との決戦に備えております。そのため救出に人員を割けず……」


「それは理解していますわ」


「その上で陛下のお考えは『シャルロットは兄妹の中で最も頑固だ、救出に向かうと決めてしまえば誰にも止められん。それならばいっそ救出を任せ、その上で出来る限りの支援をする』とのこと」


「うっ、色々とお見通しですわね……」


 シャルロットの判断を尊重しつつ、可能な範囲で安全を確保、かつ救出に尽力してもらう。人員や時間に余裕のない現状、悪い判断ではないように思える。

 しかしながら子供を危険に晒す判断は、ゼノン王にとって苦渋の決断だった模様。


「ギリギリまで陛下は悩んでおられました……それでも最後はシャルロット様のことを信じたのです、この信頼には必ず応えなければなりませんよ」


「もちろんですわ、ササッ……」


「「「「「サササッ……」」」」」


 一通り話し終えたところで、折よく王都の北端へ到着。いよいよ王都を出発かと思いきや、ゴーヴァンは徐に背後を振り返る。


「あー……ところでなぜ先ほどから、全員でコソコソと移動を?」


「これは特別な任務ですの、隠密行動は必須ですわよ!」


「そうですか……ちなみになぜ全員、黒い頭巾と外套を?」


「ふふっ、夜の闇に潜んでいますのよ!」


 五人揃って全身を黒く覆い、「サササッ」と呟きながら移動する。隠密行動のつもりらしいが、逆に目立っている始末。

 深夜の雰囲気は人を惑わせ、妙な行動に走らせるものだ。それにしてもな珍妙具合にゴーヴァンは呆れ気味である、とそこへ──。


「グルオオォ!」


 飛来する真っ赤な巨体、ベッポの相棒アグニスの登場だ。王都の住人を驚かせないよう、町の外で待機していたのである。


「ここからはアグニスに乗って移動ですわ、ササッ……」


「「「「「サササッ……」」」」」


「はぁ、先が思いやられます……」


 ともかく一行はアグニスの背に乗り、北を目指して大空へと飛び立つ。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 ──未明。


 正体不明の巨大物体がロムルス王国内へ侵入しようとした。

 場所はロムルス王国の北端、アルキア王国との国境付近。山よりも巨大なそれは、ロアーナ山脈を崩しながら国境線を突破する。


「ゴオォ……ゴオオォ……」


 ロアーナの町には目もくれず南へ、向かう先は王都ロームルスだ。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 ──早朝。


 夜明け前の静やかな時間帯、にもかかわらずロームルス城は騒然としていた。入れ替わり立ち替わり、兵士達が飛び込んでくるのだ。


「正体不明の巨大物体は、北の国境を突破しました! 一見すると岩山のよう、あるいは城や砦に酷似した形状とのことです!」


「なるほど、恐らくはガレウス邪教団に関連する何かだろう……ロアーナの町に被害は出ていないか?」


「大変です陛下! 数名の老人が衝撃に驚き、腰を痛めてしまったそうです!」


「一大事です陛下! 実家の家畜小屋が損壊して、大事な家畜達が逃げ出しました!」


「大事件です陛下! 町を徘徊する全裸男が出現、ガレウス邪教団の手先かもしれません!」


「冷静になれ、急を要する情報のみ教えろ! そして全裸男はただの変質者だ、ガレウス邪教団は関係ない!」


 慌てふためく兵士達を、ゼノン王は大声で一喝。僅かに平静を取り戻したところで、さらに一人の兵士が飛び込んでくる。


「偵察より追加の報告あり、巨大物体は一直線に南下しているとのことです。王都ロームルスを目指している模様、到達まで半日もかからないと推測されます!」


「……」


 王都に迫る巨大物体、正体こそ不明だが敵対勢力であることは明確だ。ゼノン王は僅かに思案し、浮足立つ兵士達へと指示を飛ばす。


「北方の平野で迎え撃つ、早急に陣を構えろ。敵の正体は分からんが、ともかく王都に近づけさせるな!」


「「「「「ハッ!」」」」」


「こうも真正面から攻めてくるとはな……だがこちらは元より全面戦争の腹積もり、返り討ちにしてやろう」


 状況は時々刻々変化する、衝突の時は近い。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 ──正午。


 王都を出発して数時間、救出部隊は王都ロームルスとロアーナ地方の中間地点で足を止めていた。


「あれは一体なんですの?」


「大きなチョコレートケーキでしょうか?」


「奇形の隕石? 積み重なった家畜の糞? もしや昼寝する巨大生物!?」


「いやいや、ここまで大きい生物は存在しないだろ……」


「どことなく人工的ですね、岩山を模した建造物に見えます。等間隔に開いた横穴は、内部に繋がっているようですね」


 足を止めた原因は、進行方向に出現した巨大物体である。刺々しい岩山か、あるいは巨大な建造物か、いずれにせよ異様な存在であることは確かだ。


「地面に残された痕跡から察するに、北から移動してきたのでしょうね。今は静かに佇んでいますが、やがてまた動くかもしれませんね」


「ひえぇ、この大きな物体が動くのですか!?」


「この大きさで移動するとは信じられんが……待てよ、北から移動してきた? つまり王都ロームルスを目指しているということか?」


「この異様さ、やっぱりガレウス邪教団に関連する何かだよな……」


 突如として現れた、王都ロームルスを目指しているらしき巨大物体。あまりにも不審である、ガレウス邪教団との関連を疑って然るべきだろう。


「ガレウス邪教団に関連しているならば、ヴィクトリア様やナターシャの手がかりを得られるかもしれません。俺は内部を調査してきますので、しばしお待ちを──」


「もちろんワタクシもいきますわ!」


「いえしかし……」


「いきますわ!」


「いえしかし……」


「いきますわ!」


「……はぁ、分かりました」


 シャルロットの「いきますわ!」とゴーヴァンの「いえしかし……」、押し問答に勝ったのはシャルロットである。

 その後六人で相談した結果、二組に分かれて行動することに決定。オリヴィア、ベッポ、アグニスは外で待機、シャルロット、シャルル、ヘンリー、ゴーヴァンは巨大物体の内部へ侵入だ。


「ではいきましょう、くれぐれも俺の指示には従ってください」


「ええっ、もちろんですわ!」


 いざ巨大物体の内部へ、果たして四人を待ち受けるものとは──。

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