第281話 アルキア王国

「ん……うぅん……」


 時は少し遡り、アンナマリアのコチョコチョ攻撃でエリッサが悶絶していたころ。

 頬から広がる冷たい刺激で、ナターシャは静かに目を覚ましていた。


「あれ……ここは……?」


 床はヒンヤリと冷めた石畳、壁はゴツゴツと粗削りな岩塊。湿度や照度から推測するに、どうやら地上ではない模様。

 壁の一角は錆ついた鉄格子、つまりは地下牢らしき場所に閉じ込められているようだ。


「私は何を……そうだ、リィアンさん!」


 しばらくの放心を経て、意識を失う直前の出来事を思い出す。キョロキョロと周囲を確認するも、リィアンどころか誰の姿も見当たらない。


「どういうことでしょう、どうして私はこんな場所で……ひゃっ!?」


 どうしたものかと身を起こしたところで、思わず小さな悲鳴あげてしまう。

 意識を失っている間に、身ぐるみを剥がされてしまったのだろう。あろうことかナターシャは、下着と靴しか身に着けていなかったのである。


「あうぅ、スース―して寒いです……あれ、ヨグソードはどこへ?」


 下着と靴しか身に着けていない、つまりヨグソードは手元にない。置かれた状況を考慮すると、何者かに奪われたのであろうことは明白だ。


「ウルリカさんとアンナマリア様から預かった、大切な剣だったのに……落ち込んでいられません、取り返さなくては!」


 挫けてしまいかねない状況だが、ここでナターシャの逞しさが光る。豪快に鉄格子を蹴破ると、あっさりと地下牢から脱出したのである。


「ここは一体どこなのでしょう……」


 地下牢の外に広がる通路を、風の流れを頼りに進む。

 しばらく通路を進んだところで、やや開けた十字路へ到達。気配を殺して慎重に、曲がり角から顔を覗かせ──。


「あうっ!?」


「あらら?」


「何者っ!」


 曲がり角から顔を覗かせた瞬間、何者かとバッタリ遭遇。驚いたことに遭遇した相手は、ナターシャのよく知る人物だった。


「ええっ、ヴィクトリア様!?」


「あら、ナターシャちゃん?」


 なんと相手はヴィクトリア女王だったのである、見慣れない若い女性も一緒だ。

 二人はナターシャと同じように、身ぐるみを剥がされ下着姿である。とても目のやり場に困るが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「えっ、ええぇ!? どうしてヴィクトリア様が!?」


「大丈夫よナターシャちゃん、まずは落ちついて」


「はうぅ……」


 想定外の事態にもかかわらず、ヴィクトリア女王はまったく動揺していない。ナターシャの不安を和らげるように、優しく抱き締めて頭をナデナデ。


「ヴィクトリア様、そちらの少女は知人ですか?」


「この子はナターシャちゃん、私の可愛い教え子よ」


「あの、そちらの女性はどなたでしょう?」


「彼女はヴィエーラ、私を護衛してくれている聖騎士なの」


「聖騎士の方でしたか、はじめまして!」


「……聖騎士のヴィエーラです、先ほどは驚かせてしまい申し訳ございませんでした」


 聖騎士“ヴィエーラ”は丁寧に謝りながら、片膝をついてナターシャをナデナデ。血気盛んな聖騎士の一員だとは思えないほど、おっとりと優しい雰囲気の女性である。


「ところでヴィクトリア様、私達は一体?」


「そうよね、混乱しちゃうわよね」


「気づいたらここにいて、分からないことばかりで……」


「分かる範囲で説明しておくわね、どうやら私達は敵に捕らえられているらしいの。犯人はガレウス邪教団、もしくはアルキア王国の者達よ」


「授業で習いました、アルキア王国はロムルス王国の北方に位置する国ですよね?」


「その通りよ、しっかり授業を覚えててくれて嬉しいわ。確証はないけれど、ここは恐らくアルキア王国なの。その他で分かることは、そうね……」


 ヴィクトリア女王も状況の把握に至っていないのだろう、それでも分かる範囲で状況を伝えようとしてくれる、とその時──。



 ──ズズンッ──。



 通路の奥から響く衝撃、それは紛れもなく時空間魔法の衝撃だ。

 三人は会話を中断し、無言で通路の先を凝視。真っ暗で何も見えないが、ドロドロとした威圧感は感じられる。


「今の衝撃、只事ではありませんね」


「見過ごせないわ、様子を見にいきましょう」


「分かりました、そっと静かに……ですね!」


 三人は小さく頷き、終わりのない暗闇の奥へと足を運ぶ──。

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