第277話 北の大国

 笑顔と涙の卒業式から数日、ロームルス学園は学期末の休暇に突入していた。ガレウス邪教団の気配はどこへやら、のんびり平和はお休み期間である。

 だが一方で、ロームルス城の一室は不穏な空気に包まれていた。


「アルキア王国の動向が怪しい?」


「少し前から急激に、貿易商の出入りが減少しているらしい」


 声の主はゼノン王とヴィクトリア女王だ、ロムルス王国の北方に位置する大国“アルキア王国”について、神妙な面持ちで話しあっている。


「アルキア王国はロムルス王国からの輸入に依存している、貿易を停滞させれば飢餓を招くだろう」


「ロムルス王国としても見過ごせないわ、特にロアーナ地方との関係は深いもの」


「ああ、そこでお前の出番というわけだ」


 ロアーナ地方はロムルス王国北方に位置し、アルキア王国との貿易を活発に行っている地域だ。加えてヴィクトリア女王の故郷でもある。

 生まれ故郷に影響するとなれば、とても放ってはおけないだろう。


「分かったわ、まずはロアーナの現状と影響を確かめてくるわね。アルキア王国の様子も気になるけど……」


「深入りは不要だ、調べられる範囲で構わん。アルキアとは微妙な関係が続いている、あまり刺激しないよう頼むぞ」


「だったら数日で戻ってこられそうね」


「今回は有事に備え、護衛の兵士に加えて聖騎士を二名同行させる。“ヴィエーラ”と“ラック”を連れていけ、即応力の高い二人だ」


 王族の移動に際し、通常は護衛の兵士を同行させるもの。だが今回はゼノン王直々の命令で、聖騎士を二名も同行させるというのだ。

 両国間の緊張関係を、如実に表した采配といえよう。


「ところで合同軍事演習もあるわよね、不在にしてて大丈夫なのかしら?」


「アルテミア正教国、南ディナール王国との合流は三日後だ。演習はその翌日以降、それまでに戻ってきてほしいな」


「あら、あまり時間はないわね。早速出発の準備をしましょう、今日の夕方には城を出るわ」


「ああ、頼んだぞ」


 限られた時間を無駄にしないよう、ヴィクトリア女王は話を切りあげ席を立つ、とその時──。


「ゼノーンッ!」


 バーンッと豪快に扉を開き、ドーンッと元気にウルリカ様登場。重苦しい空気をぶち壊し、元気いっぱいに乱入である。


「ウルリカよ、いきなり扉を開けるなと……おい、その格好はどうした!?」


「あらウルリカちゃん、可愛らしい格好ね」


 どういうわけかウルリカ様は、南ディナール王国で買った水着を着ているのだ。

 腰には可愛らしい浮き輪を、頭には麦わら帽子を装着。大量の荷物を両手に抱え、遠出して遊ぶ気満々の格好である。


「これから魔界へ遊びにいくのじゃ、その準備しておったのじゃ!」


「なぜその格好で魔界へいく!?」


「魔界で海水浴を流行らせようと思っての! リヴァイアサンという魔物に頼めば、どこでも海水浴を楽しめるのじゃ!」


「ああ、ウルリカと戦った魚のような魔物か……」


 リヴァイアサンは魔界の海を統べる、強大な力を有する魔物だ。その魔物をウルリカ様は、海水浴に利用しようとしているらしい。

 なんともウルリカ様らしい、大胆で自由奔放な発想である。


「ところでウルリカちゃん、どうしてここへ?」


「ははぁ、さては一番の友達である俺を誘いにきたな?」


「違うのじゃ、今回は妾一人でいってくるのじゃ」


「おぉ、そうか……」


「ここへ寄った目的はこれなのじゃ」


 徐にウルリカ様は、抱えていた荷物を広げて見せる。中身は大小様々な瓶だ、と次の瞬間──。


「ひょおぃ!?」


 突如としてゼノン王は絶叫、賢王という異名からは想像もつかない素っとん狂な悲鳴である。


「待て待てーいっ、俺の大切な酒達ではないか!」


「うむ、人間界のお酒は魔界で好評だったからの。皆へのお土産なのじゃ、きっと喜んでもらえるのじゃ!」


「待て待て待てーいっ、俺の酒を勝手に持っていくな!!」


 なんと荷物の中身は大量の酒瓶だったのである、しかもゼノン王秘蔵の高級そうなお酒ばかり。よほど大事なお酒も混じっていたのだろう、ゼノン王はワナワナと震え右往左往。

 そんなゼノン王の背後で、ヴィクトリア女王は不気味な笑顔を浮かべる。


「あらあらウルリカちゃん、お土産なんてステキね。遠慮しなくていいわ、全部お土産にしちゃってね」


「ふぉい!?」


「ふふっ、これを機に禁酒することね」


 ゼノン王は涙を流し、天を仰いで放心状態。しかしウルリカ様とヴィクトリア女王に挟まれ、一切の抵抗を許されない。


「ああぁ……俺の可愛い酒達よ……」


 国王とはいえ時には無力なもの、王都ロームルスの空に、哀れな男の悲鳴が響き渡るのであった。

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