第271話 波乱万丈の一年

 南国での課外授業から一週間、ロムルス王国の平穏な日々は依然変わらず。邪神復活は嘘だったのではと、思わず錯覚してしまうほど平和だ。

 しかしロームルス城の一室だけは、平和とはかけ離れた物々しい雰囲気に包まれていた。


「──以上の経緯により邪神ガレウスの復活は確定的だ、もはや邪教との戦いは避けられぬだろう」


 声の主はゼノン王だ、玉座に腰かけ集まった人々に語りかけている。声の鋭さは普段以上に鋭く、否応なしに聞く者を緊張させる。


「ガレウス邪教団は手強い、吸血鬼や悪魔のみならず、魔人という恐るべき存在を擁する組織だ」


 ヴィクトリア女王とシャルロットを除く王族一家、ルードルフをはじめとする五名の大臣、エリザベス率いる九名の聖騎士、いずれも静かにゼノン王の言葉を聞いている。

 だが国中から集められた諸侯貴族だけは、邪神復活の知らせに動揺を隠せない様子。とはいえゼノン王の話を遮るほど、激しく慌てふためく者はいない。


「よって近々ロムルス王国は、アルテミア正教国および南ディナール王国との合同軍事演習を実施する。ガレウス邪教団との戦いを見据えた、過去最大規模の演習となる」


 次々と飛び出す情報を受け、ついに諸侯貴族は声をあげて驚き騒ぐ始末。しかしゼノン王の「騒ぐな」という命令に怯み、小さく悲鳴を漏らして閉口。


「ガレウス邪教団との戦いは、国家を、人類を守るための使命であり試練である。王族各位および大臣諸氏は当然、兵卒から聖騎士まで総出で尽力せよ。また各領地から人員および物資を集める、拒否は許されないものと思え」


 各領地から人員および物資を集める、これは要するに諸侯貴族の財産等を接収すると言っているのだ。当然ながら欲深い者は反感を抱くも、ゼノン王の威圧感を前に異を唱えられる者はいない。


「軍事演習はあくまで演習、きたる邪教との決戦を覚悟しておかなければならない。八年前に発生した吸血鬼との大規模戦闘、あれを超える過去最大の戦いとなるだろう」


 息が詰まりそうな空気、眩暈を覚えるほどの緊張感。誰しも粛然たる思いで、ただ静かにゼノン王の言葉を聞き続ける。

 そんな中ルードルフは、少し気まずそうな様子でゼノン王の耳元へ。


「失礼ながらゼノン王、吸血鬼との戦いは九年前です」


「む、そうだったか……」


「ええ、今月で九年となりました」


「なるほど、時が過ぎるのは早いものだな」


 思わぬところで間違いを指摘され、ゼノン王は思わず咳払い。頭の中で暦をめくり、ふとあることに気づく。


「待てよ、ということは……」


「どうされました?」


「ウルリカとの出会いから、間もなく一年経つのではないか?」


「ああ、確かにそうなりますね」


「思い返せば波乱万丈の一年だったな」


 長かったような短かったような、いつの間にやらウルリカ様は人間界で一年を過ごしていた。巻き起こした騒動は数知れず、波乱万丈の一年とは言い得て妙だ。


「つまり入学から一年経つということか……」


 何やら物思いに耽るゼノン王、次の一年は万事順調なものとなることを祈るばかりである。

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