第221話 深夜の応接室、そして──

 すっかり夜も更けたころ、場所は魔王城の応接室。

 ゼノン王とゼーファードは、フカフカの豪華な椅子に腰かけ静かに酒を酌み交わしていた。


「夜分に誘ってしまい申し訳ございません」


「気にする必要はない、寝つけずに困っていたところだ」


 どうやらゼーファードからゼノン王を晩酌に誘った模様。飲んでいる酒は人間界の名酒、ゼノン王の土産物である。


「それにしても、魔界の宰相から飲みに誘われるとはな」


「本当はウルリカ様との寝間着女子会を楽しむつもりだったのです……しかし私は諦めません、いつの日か必ず寝間着女子会に参加してみせます!」


「そ、そうか……まあ頑張れ」


 ヴァーミリアに吹き飛ばされ全身ボロボロのゼーファード、しかも珍妙な寝間着と化粧はそのまま。見るも無残とはまさにこのことである。


「ところで俺を誘った理由は?」


「ウルリカ様は人間界でどのように過ごされているか、お聞かせ願おうと思いましてね」


「なるほど、それならばお安い御用だ。むしろ丁度いい、俺も魔界の宰相と話したかった」


「おや、話とは一体なんでしょう?」


「魔界の政治体制や統治の仕組みを知りたいのだ」


「ほう、しかし参考にはならないと思いますよ?」


「構わない、単純に知りたいだけだからな」


 宰相であるゼーファードは魔界の政治体制や統治の仕組みに詳しいはず、質問の相手としては最適といえるだろう。


「分かりました、ではまず基本的な部分からご説明しましょう」


「よろしく頼む」


「現在の魔界は七つの領地に分けられ、ウルリカ様と我々大公によって別個に統治されております。領地といっても国のような扱い、すなわち大公とは各領地の王なのですよ。しかし王の称号はウルリカ様だけのもの、故に我々は大公と呼び称されているのです」


「ウルリカ一人で魔界の全てを統治しているわけではないのだな」


「ウルリカ様の領地である“ヴァニラクロス領”は、七つある領地の中で最も小さな領地です。領土は魔王城と城下町一帯のみ、魔界の大半は我々大公に任されております。ちなみに各大公の統治に対して基本的にウルリカ様は干渉されません」


「んん? ならば魔王の役割とは一体?」


 ウルリカ様の有する領地は最も小さいのだという、しかも他の領地へは干渉しないとのこと。ゼノン王の疑問はもっともであろう。


「基本的には干渉されない、しかし有事の際は別ですよ。魔界における全権はウルリカ様に集まり、ウルリカ様から我々大公へと直接命令を下されるのです」


「有事の際は即断即決を求められる、理に適った仕組みかもしれんな。しかし平時は権力を分散しているのだろう、そして権力とは人を狂わせるものだ。いかなる有事であろうとも、命令に逆らう者は出てくるのではないか?」


「そこはご心配なく」


「なぜだ?」


「我々大公を含めた魔界の全戦力を足しても、ウルリカ様には及ばないのです」


「ぶふっ!?」


 驚くべきことにウルリカ様の力は、魔界の全戦力を上回っているらしい。これにはゼノン王も驚きのあまり飲んでいた酒を噴き出してしまう。


「その気になればウルリカ様は武力で全権を掌握されてしまうのです。魔界に住む全ての民はウルリカ様の力を理解しています、故に誰もウルリカ様には逆らわないのですよ」


「……」


「大前提として魔界は実力主義の世界です、その魔界に置いてウルリカ様は圧倒的強者であらせられます。故にウルリカ様は千年以上も魔王として君臨されているのです」


 圧倒的な力を有するウルリカ様にのみ許された、圧倒的で規格外な統治の仕組み。これには然しものゼノン王も絶句である。


「ちなみにウルリカ様を倒せば、即座に魔王交代となります」


「なんだと!?」


「ウルリカ様は常に挑戦を受けつけておりますよ。稀に無謀な輩が現れてはウルリカ様へと挑み、そして悉く返り討ちにあっています。ミーアやドラルグは大昔にウルリカ様と戦い破れた者達です」


 実力主義ということは、実力で勝れば王の地位すら奪い取れるということ。まったくもって人間界の常識とはかけ離れている。


「ウルリカ様のお力あってこそ成り立つ統治です、参考にはならなかったでしょう?」


「まったく参考にはならんな、しかし非常に興味深かった」


「さて、私の話はここまでにしましょう。次はウルリカ様のお話をお聞かせください!」


「ああ、何から話すか……やはりまずは学校での様子だな」


「おおっ! 学校でのウルリカ様、是非ともお聞かせ願いたい!」


 それから数時間後、ゼノン王とゼーファードは互いを友と呼びあうほど仲を深めていた。どうやら思いの他気があったらしい。

 こうして国王と宰相の晩酌は朝方まで続いたのであった。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 魔王城を明るく照らす、爽やかな朝の日差し。


「おはようなのじゃー!」


 今日も朝からウルリカ様は元気いっぱい。吸血鬼であるにもかかわらず太陽の光などどこ吹く風、温かな日差しを浴びて気持ちよさそう。


「今日もいいお天気じゃな、城下も平和そうなのじゃ!」


 城下町からモクモクとあがる色鮮やかな甘い煙、おいしいお菓子を作っているのだろう。そして──。


「ふむ?」


 見渡す限りの地平線を泳ぐ数百もの巨大な影、眩い逆光に照らされハッキリと姿は見えない。


「魔王ウルリカよ、魔王の座をかけ貴様に決闘を申し込む!」


 響き渡る決闘の申し出、魔界の朝は騒々しい。

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