第199話 捕らわれの王女

「うぅ……ここは……?」


 何処とも知れない暗闇の中で、エリッサは静かに目を覚ます。

 声は掠れ視線は朧気、しかし表情は心なしかスッキリとして見える。なにか憑き物が落ちたかのような表情だ。


「私は一体……確かクリスティーナ王女に……そういえば襲撃を受けていると言われたわね、そして私から妙な魔力を感じると……痛っ」


 突如走った鋭い痛み、全身を引っ張る強烈な違和感。顔をあげたエリッサは、ようやく自身の置かれた状況を把握する。


「これは!?」


 なんと両手首を麻縄に縛られ、ブラリと宙に吊るされていたのである。麻縄は複雑に括られており、簡単には抜け出せそうにない。


「どういうこと? 一体どうなっているの?」


 見渡す限りの湿った岸壁、縦横無尽に飛び交うコウモリ、場所はどこかの洞窟内であろうか。暗闇の奥へ目を凝らすと、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 積みあげられた馬車の残骸、血まみれで倒れるロムルス王国の兵士達、そして──。


「クリスティーナ王女!」


 エリッサの足元に横たわる傷だらけのクリスティーナ。


「クリスティーナ王女、しっかりして!」


「……」


 必死に呼びかけるもクリスティーナは微動だにしない、しかし浅い呼吸は繰り返している。どうやら意識を失っているだけらしい。

 ひとまず安堵するエリッサの耳に、どこからともなく低い唸り声が聞えてくる。


「「「「「おぉ……おぉ……」」」」」


 洞窟内に反響する大勢の唸り声、暗闇を蠢く複数の人影。よく見ると人影はエリッサに随行していた南ディナール王国の兵士達であった。


「……おかしいわ」


 自国の兵士であるにもかかわらず、エリッサは助けを求めない。理由は明白、兵士達の様子が明らかに異常なのである。

 虚ろな目と緩慢な動きは、まるでアンデットと呼ばれる魔物のよう。ゾロゾロと列を成し、向かう先は洞窟の奥。


「あれは……えっ!?」


 エリッサは洞窟の奥を凝視し、そしてギョッと目を見開く。そこには両手両足を縛られた元老院の面々が無造作に転がされていたのだ。

 南ディナール王国の兵士達は、淡く柔らかな光を放ちながら元老院の一人一人へと群がっていく。


「「「「「おぉ……」」」」」


「ぐっ……ぐあぁ!?」


 淡く柔らかな光の中から響き渡る苦悶の声。苦しむ元老院の姿に、エリッサは思わず声をあげてしまう。


「なにをしているの、止めなさい!」


「お……おぉ……?」


 声に反応した南ディナール王国の兵士達は、じりじりとエリッサの元へにじり寄る。自国の王女が縛られているというのに助けようとする気配はない、それどころか──。


「うがぁ!」


「きゃっ!?」


「がぁ! があぁ!」


「くっ……うぐっ……」


 ──縛られ動けないエリッサを、何度も乱暴に殴りつけたのである。無抵抗で殴られ続けたエリッサは、あっという間に青痣まみれだ。


「目を覚まして……、あなた達は南ディナール王国を守る……勇敢な兵士なのよ……」


「がうぅ!」


 エリッサの悲痛な言葉も届かず、兵士達による無慈悲な暴力は続く。一通りエリッサを痛めつけると、兵士達は興味を失ったかのようにエリッサの元から離れていく。


「くっ……ふぅ……」


 すっかりボロボロのエリッサだったが、その心は挫けていなかった。靴と靴下を器用に脱ぎ捨てると、縛られている手首の位置まで爪先を持ちあげる。どうやら足の指で麻縄を解こうとしているらしい。諦めないエリッサは懸命に両足へと力を籠める、とそこへ──。


「はしたない王女様ですね、下着が丸見えですよ」


「えっ!?」


 エリッサにとっては聞き馴染みのある声。


「ごきげんようエリッサ様」


「ハ、ハミルカル……!?」


 そこには柔らかな笑みを湛える、ハミルカルの姿があった。

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