第162話 魔剣

 時は少し遡り、生徒会による歌劇が披露されていたころ。特設舞台の裏側ではちょっとした騒ぎが起こっていた。


「アンナのせいなのじゃ!」


「ウルリカのせいっす!」


 黒を基調とした衣装に身を包み、可愛らしい冠を被ったウルリカ様。白を基調とした衣装に身を包み、ヨグソードを携えたアンナマリア。

 二人は衣装の乱れも気にせず、両手を振り回してポカポカとケンカをしている。


「アンナが妾のクッキーを奪おうとしたから折れてしまったのじゃ!」


「ウルリカがクッキーをくれなかったから折れてしまったっす!」


 ケンカをする両者の間にはポッキリと折れた木製の剣が落ちている。

 その様子を見て頭を抱えるシャルロットとヘンリーの二人。


「困りましたわ……」


「困りましたね……」


 シャルロットの手には“台本、語り手用”と書かれた冊子が握られている。次の出し物“超本格舞台劇! 勇者と魔王、伝説の戦い!”は、ウルリカ様、シャルロット、ヘンリー、そしてアンナマリアによる演劇なのである。

 しかしどうやらクッキーの奪いあいでモメてしてしまい、その拍子に小道具の剣を折ってしまったようだ。


「むうぅー!」


「ぐぬぬー!」


「二人とも今はケンカをしている場合ではありませんわよ!」


 シャルロットの仲裁によってひとまずケンカは収まったものの、出番は刻一刻と近づいてくる。今から代わりの小道具を用意しても間にあわないだろう。

 悩んだ末にウルリカ様はポンッと両手を叩く。


「仕方ないのじゃ、妾の剣を使うのじゃ!」


 そう言うとウルリカ様は、両手から漆黒の魔力を溢れさせる。溢れ出した魔力はドロドロと折り重なり、やがて一対の双剣を形作る。


「ちょっとウルリカ、それは一体なんですの?」


「妾の剣なのじゃ、その名も“魔剣ヴァニラクロス”なのじゃ」


 小柄なウルリカ様でも持ちやすそうな短めの双剣、漆黒の刃からは霧のような魔力が溢れ出している。

 ウルリカ様は感触を確かめるように魔剣ヴァニラクロスを振るってみせる、目にも止まらぬ高速の剣さばきにシャルロットとヘンリーは開いた口が塞がらない。

 しかし誰よりも驚いているのはアンナマリアだ。


「正真正銘の神器じゃないっすか! そんなものを持ち出さないでほしいっす!」


「なにを言うのじゃ! ヨグソードも神器ではないか!」


 「ぐぬぬ」と睨みあうウルリカ様とアンナマリアを、シャルロットは強引に引きはがす。


「時間もありませんわ、ウルリカの剣はその魔剣でいきますわよ。ヘンリーとアンナマリア様も準備をお願いしますわ」


「うむ!」


「仕方ないっすねー」


「準備は整っています、いつでもいけますよ!」


 ウルリカ様はどこからともなく鞘を出現させると、魔剣ヴァニラクロスを腰元に納める。

 同時に舞台上では生徒会の歌劇が終わり、そして──。


「出番ですわ、ヘンリー!」


「お任せください!」


 シャルロットの合図と同時にヘンリーは用意していた魔導書に魔力を注いでいく、すると舞台上を派手な音楽と光の演出が包み込む。ヘンリーはいくつもの魔法を駆使して、舞台上の演出を一手に引き受けているのだ。

 傍らではシャルロットが台本を開きコホンと咳払いをする、そして透き通るような声で台本を読みあげる。


「それではこれより“超本格舞台劇! 勇者と魔王、伝説の戦い!”をお届けします」


 さあいよいよ、ウルリカ様達による舞台劇の開演である。

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